第二話 追撃者
太平洋上空。
厚い雲の上を三機の大型輸送機が飛行していた。
全長八十メートル級。
ノヴァが独自改修した超大型輸送機だった。
本来は大型貨物輸送機だった機体を、ヴァルハラ運用専用に再設計している。
通常の軍隊ですら保有していない特別な機体だった。
機体中央の貨物区画。
そこには鋼鉄の巨人が立っている。
ヴァルハラ一号機。
全高二十メートル。
重量百二十トン。
次世代高出力動力炉を搭載した人型高速機動兵器。
輸送時は専用拘束形態を取る。
両脚は深く折り畳まれ、
両腕は胸部装甲へ固定。
背部大型推進ユニットは収納状態。
全身を巨大な固定フレームが支えていた。
貨物区画には予備弾薬。
交換用推進剤タンク。
整備工具。
さらに数名の整備員が最終確認を行っている。
貨物区画そのものが前線基地だった。
その足元。
折り畳みシートに腰掛ける青年。
カイル・ローレンス。
彼は静かに巨人を見上げていた。
七年前。
戦争によって家族を失った。
救援活動を行っていたアークライト財団に保護され、
そこでレオンと出会った。
それ以来、
ノヴァの仲間として生きてきた。
そして三年前。
ヴァルハラ計画が本格始動してからは、
この機体と共に歩んできた。
訓練。
模擬戦。
運用試験。
だが実戦は初めてだった。
失敗すれば、
ノヴァの存在は世界へ知られる。
七年間積み上げた全てが崩れる。
その時。
ヘルメット内部の通信回線が開いた。
《ノマド管制室より各機へ。》
《通信状態正常。》
《こちら電子戦管制。ミアです。聞こえますか?》
カイルは少し笑う。
「感度良好。」
《緊張してます?》
「少しだけな。」
《意外です。》
「俺だって人間だからな。」
その頃。
太平洋上。
貨物船ノマド。
全長三百メートルを超える巨大貨物船。
その内部では二百名を超える人員が慌ただしく動いていた。
船員。
整備員。
警備要員。
電子戦班。
情報分析班。
医療班。
そしてヴァルハラ運用部隊。
格納庫では数十人の整備員が走り回っている。
ヴァルハラ四号機。
五号機。
六号機。
七号機。
残る四機は出撃待機状態だった。
武装班が弾薬を確認し、
整備班が推進剤を点検している。
ノヴァにとって初めての実戦。
船全体が緊張に包まれていた。
格納庫上層の管制室。
レオンは戦術テーブルの前に立っていた。
隣にはイリス。
後方にはグレン・ハーパー。
そしてサミュエル・クロス。
四十五歳。
元特殊部隊隊長。
現在はノヴァ地上戦部隊指揮官だった。
彼の指揮下には五十名を超える戦闘要員が所属している。
元軍人。
元特殊部隊員。
元警察特殊部隊員。
ノヴァの中でも実働作戦を担当する精鋭部隊だった。
今夜も複数の潜入班がすでに目標周辺へ展開している。
「地上班は配置完了。」
サミュエルが報告する。
「いつでも突入できます。」
レオンは頷いた。
「待機を続けろ。」
大型モニターには一人の男の顔。
マーカス・ヘイル。
国家安全保障局副長官。
七年前の襲撃事件当時、
安全保障局の作戦責任者の一人。
そして事件後に行われた三度の内部調査を握り潰した男だった。
「目標は予定通り保養施設に滞在中です。」
イリスが報告し、施設の立体図を表示する。
森林地帯の中央に建つ巨大な施設。
表向きは政府高官や企業経営者向けの会員制リゾートだった。
だが実態は違う。
五階建ての本館。
地下二階の管理区画。
屋上ヘリポート。
さらに地下には独立した通信設備と大規模データセンターが設置されている。
外周は高さ三メートルの防護フェンスで囲まれ、
監視カメラと熱源センサーが二十四時間稼働。
周辺には警備車両用道路も整備されていた。
「現在マーカスは五階の会議室。」
イリスが施設図の上層部を示す。
「プロメテウス計画関連データは地下二階サーバールームに保管されている可能性が高いです。」
さらに屋上が赤く表示される。
「緊急時の脱出ルートは屋上ヘリポート。」
「マーカスが逃げるなら、ほぼ間違いなくここです。」
サミュエルが腕を組んだ。
「つまり。」
「地下でデータを確保しながら、上へ追い込む。」
イリスは頷く。
「その通りです。」
「警備は。」
「施設警備員二十名。
外周に特殊部隊。
周辺空域にも監視網があります。」
グレンが眉をひそめた。
「休暇にしては厳重すぎる。」
「休暇ではありません。」
イリスが映像を切り替える。
会議室内部。
軍需企業役員。
政府高官。
軍関係者。
外国特使。
十数人が円卓を囲んでいる。
「表向きは安全保障問題に関する意見交換会。」
「実態は極秘会議です。」
さらに資料が映し出される。
プロメテウス計画
その文字を見た瞬間、
レオンの目が細くなった。
父のデータチップに残されていた名称。
そして七年前の事件後、
全ての記録から消された計画名。
「やはり動いていたか。」
「現在は次世代エネルギー輸送網計画の名で進行しています。」
イリスが説明する。
「表向きは民間技術。」
「実際は軍事転用計画です。」
グレンが低く呟いた。
「エドワードが命を懸けて止めようとした計画だ。」
レオンはモニターを見つめる。
父は何を知ったのか。
なぜ殺されたのか。
その答えが今夜ここにある。
「目的を再確認する。」
レオンが言った。
「第一目標はマーカスの確保。」
「第二目標は会議データの奪取。」
「第三目標はプロメテウス計画関連情報の回収。」
全員が頷く。
ここを逃せば、
二度と真実へ辿り着けない。
ミアが端末へ視線を落とした。
「電子戦開始。」
無数のコードが画面を流れる。
「目標施設の外部通信網へ侵入。」
「監視システム掌握。」
「非常電源系統へアクセス開始。」
数秒後。
「完了。」
一方。
首都郊外。
高級保養施設。
最上階会議室。
マーカスは資料を閉じた。
「アークライトの件は終わった話だ。」
会議室が静まる。
「死人を掘り返しても何も出てこない。」
その瞬間。
施設全体の照明が消えた。
会議室が暗闇に包まれる。
警報。
通信障害。
マーカスは即座に立ち上がった。
「避難経路Cを使え。」
「軍との直通回線を開け。」
「非常計画を発動しろ。」
護衛たちが動き出す。
だが通信担当が青ざめた。
「回線が繋がりません!」
マーカスは眉をひそめた。
妙な胸騒ぎがした。
七年前の夜と似ている。
一方。
首都近郊空軍基地。
警報が鳴り響く。
《緊急発進命令。》
アレックス・ローガンは立ち上がった。
二十五歳。
国家航空防衛軍最年少エース。
若くして数々の実戦を経験し、
英雄と呼ばれるパイロットだった。
「首都郊外で武装勢力を確認!」
「さらに大型航空機三機を確認!」
「識別信号なし!」
アレックスの表情が変わる。
「迎撃機は。」
「六機編成で準備中です。」
「分かった。」
「俺も出る。」
数分後。
六機の戦闘機が夜空へ飛び立った。
その頃。
輸送機内。
《降下準備。》
赤色灯が点灯する。
固定アーム解除。
ロック機構解除。
油圧シリンダーが唸る。
眠る巨人が目覚め始める。
その時。
《こちら潜入班。》
《予定位置へ到着。》
《森林地帯で待機中。》
《敵警備部隊の巡回を確認。》
《発見されていません。》
サミュエルが答える。
《待機を継続。》
《ヴァルハラ降下後に作戦開始だ。》
《了解。》
一号機が先行降下する。
二号機と三号機は上空待機。
必要に応じて増援として投入される予定だった。
地上と空。
二つの部隊が同時に動き始める。
輸送機後部ハッチが開く。
轟音。
強風。
眼下には目標施設。
「ヴァルハラ一号機。」
カイルが操縦桿を握る。
「出る。」
鋼鉄の巨人が夜空へ飛び出した。
自由落下。
全身の姿勢制御スラスターが点火する。
背部主推進機が始動。
青白い光が夜空を裂く。
百二十トンの巨体が減速を始める。
そして着地直前。
主推進機が最大出力へ移行する。
轟音。
地面が揺れる。
土煙が舞い上がる。
鋼鉄の巨人は膝をつきながら着地した。
世界で初めて。
ヴァルハラが戦場へ降り立った。
数分後。
目標空域へ到達したアレックス。
雲の切れ間。
月明かりの下。
そこに立っていた。
鋼鉄の巨人が。
「……なんだ、あれは。」
アレックスは思わず呟いた。
人類が初めて目にする兵器。
ヴァルハラ。
その姿を。




