第三十二話 潜入開始
北大西洋。
深夜。
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格納庫後部。
荒れる海へ向け、一隻の高速艇が降ろされていた。
全長十メートルほど。
黒く塗装された特殊作戦用高速艇だった。
レーダー反射を抑えた船体。
低騒音エンジン。
少人数潜入専用に改修されたノヴァの特殊装備である。
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サミュエルは最後に艇へ乗り込んだ。
地上部隊員六名も続く。
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「出発する。」
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静かに高速艇がノマドを離れた。
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雨と波を切り裂きながら艇は進む。
通常の船なら苦戦する海況だった。
だが特殊艇は海面を滑るように走る。
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前方に黒い影が見え始めた。
孤島だった。
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「見えた。」
隊員の一人が呟く。
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島は想像より大きい。
直径十キロほど。
海岸線のほとんどは切り立った断崖に囲まれている。
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島の中央には小高い丘。
その頂上には巨大な通信アンテナが立っていた。
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丘の周囲には複数の施設。
研究棟。
発電設備。
警備棟。
レーダー施設。
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さらに南側には人工港まで確認できる。
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研究施設というより。
一つの要塞だった。
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「厄介だな。」
サミュエルが呟く。
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高速艇は島北側へ回り込む。
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こちら側は断崖と岩場ばかり。
港も道路もない。
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だからこそ警備が薄い。
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「上陸地点まで二百メートル。」
通信機からミアの声が響く。
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『監視カメラ反応なし。』
『予定ルートは生きています。』
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「了解。」
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やがて艇は巨大な岩陰へ滑り込んだ。
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「上陸。」
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全員が海へ飛び降りる。
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冷たい海水が膝まで達した。
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波の音が全てをかき消してくれる。
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サミュエルは断崖を見上げた。
高さ三十メートル以上。
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「登るぞ。」
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アンカーが撃ち込まれる。
ワイヤーが張られる。
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隊員たちは慎重に登り始めた。
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十分後。
潜入隊は崖の上へ到達する。
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そこには深い針葉樹林が広がっていた。
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足元はぬかるみ。
木々が視界を遮る。
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施設へ続く舗装路は森の反対側にある。
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そのため潜入隊は獣道のような斜面を進んでいく。
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雨のおかげで足音は消える。
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百メートル。
二百メートル。
三百メートル。
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誰にも発見されない。
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だが。
順調すぎた。
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サミュエルは周囲を見回す。
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静かすぎる。
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研究施設ならまだ分かる。
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しかし。
この島は違う。
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監視塔。
レーダー施設。
武装警備兵。
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警備規模が異常だった。
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「何かを研究しているんじゃない。」
サミュエルが低く呟く。
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隊員たちが振り向く。
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「何かを隠している。」
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誰も反論しなかった。
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その時。
先頭の隊員が拳を上げる。
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全員停止。
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林の隙間。
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施設外周フェンス。
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そして武装警備兵二名。
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ライフルを携行し巡回している。
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さらに遠くの監視塔にも人影が見えた。
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施設外周道路には巡回車両がゆっくり走っている。
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「やっぱり研究施設の警備じゃないな。」
隊員の一人が小さく呟いた。
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「どうします。」
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「避ける。」
サミュエルは即答した。
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任務は戦闘ではない。
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情報を持ち帰ることだ。
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警備兵が通り過ぎる。
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潜入隊は再び動き出した。
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やがて森が途切れる。
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目の前には巨大なフェンス。
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その向こうには施設外周道路。
さらに奥には研究棟らしき建物が見えた。
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「ミア。」
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サミュエルが通信機へ向かう。
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「侵入経路が欲しい。」
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数秒後。
返答が返る。
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『施設北東部に保守用搬入口があります。』
『現在使用されていません。』
『そこから侵入可能です。』
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サミュエルは地図を確認した。
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施設本体へ直接繋がる経路だった。
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「そこへ向かう。」
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潜入隊は再び前進を開始する。
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その頃。
島南側の人工港。
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白と黒で塗装された政府高官専用輸送機が着陸した。
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周囲では四機の護衛戦闘機が上空を旋回している。
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港の警備兵たちが整列した。
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輸送機のタラップがゆっくりと降ろされる。
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やがて一人の男が姿を現した。
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マーカス・ヘイル。
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七年前の事件に関わった男。
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彼は無言のまま施設を見上げる。
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「準備は。」
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近くの職員が敬礼した。
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「全て整っています。」
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マーカスは小さく頷く。
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そして施設へ向かって歩き出した。
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その頃。
サミュエルたちは知らない。
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自分たちが追い続けてきた男が。
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今まさに同じ島へ足を踏み入れたことを。




