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第十八話 父の遺産

ノマド艦内。


静かな部屋だった。


広さはそれほどない。


艦長専用区画ではあるが、豪華さより実用性を優先した造りだった。


壁際には情報端末。


机の上には作戦資料や整備報告書が積まれている。


棚の奥には一枚の写真が置かれていた。


まだ家族が揃っていた頃のもの。


レオンは無意識に視線を逸らす。


手の中。


小さなデータチップ。


七年前。


父から託されたものだった。


『絶対に失くすな。』


最後の言葉が蘇る。


レオンはチップを見つめる。


今まで何度も解析を試みた。


だが結果は同じ。


高度な暗号化。


通常の手段では開けない。


それでも捨てる気にはなれなかった。


父が命を懸けて残したものだからだ。


ドアが鳴った。


「入れ。」


扉が開く。


入ってきたのはマックスだった。


「邪魔だったか。」


「いや。」


マックスは机へ近付く。


その視線がチップへ向いた。


「まだ持ってたのか。」


「捨てる理由がない。」


レオンは苦笑した。


マックスは椅子へ腰掛ける。


「敵通信の件だ。」


「ああ。」


短い沈黙。


「対象データ。」


「気になるか。」


「かなりな。」


レオンは窓の外を見る。


夜の海。


遠くで護衛艦の灯火が揺れていた。


「偶然だと思うか?」


マックスは首を振る。


「思わない。」


二人とも同じ考えだった。


レオンは先程の敵通信を思い出す。


『対象データは?』


『回収完了です。』


『欠損は?』


『数パーセント確認されています。』


偶然とは思えなかった。


七年前の事件。


父が残したチップ。


敵が追う謎のデータ。


無関係とは思えない。


レオンは端末へ視線を向ける。


「ATHENA。」


《はい。》


ATHENA。


ノマドの中枢を担う統合管理AI。


レオンにとっては七年前から変わらず傍にいる相棒で

もある。


「七年前の襲撃事件について検索しろ。」


《了解。》


数秒後。


ATHENAから結果が返ってくる。


《該当記録を検索。》


《未整理データを発見。》


レオンの表情が変わった。


「未整理データ?」


《七年前の襲撃事件に関連する記録です。》


《通常アクセス権限では閲覧できません。》


《内容の一部が破損しています。》


マックスが眉をひそめる。


「そんな記録が残っていたのか。」


《存在は確認できます。》


《ただし大半は封鎖されています。》


レオンは黙る。


七年前の事件。


父の死。


そして父が残したチップ。


今まで別々だった点が少しずつ繋がり始めていた。


「解析を続けろ。」


《了解。》


《封鎖記録の解析を継続します。》


「もし本当に何か隠されているなら。」


マックスが静かに言う。


「七年前の事件は事故じゃない。」


レオンは答えない。


ただ。


握ったチップに力が入った。


静寂が戻る。


レオンは再びチップへ視線を落とした。


父が命を懸けて守ったもの。


その真実はまだ見えない。


だが。


同じ頃。


ノマドから数百キロ離れた海域。


暗い海を進む一隻の巡洋艦があった。


艦体に国籍を示す標識はない。


公には存在しない船。


マーカスが所属する組織の巡洋艦だった。


その司令室では。


巨大なモニターに膨大なデータが映し出されていた。


マーカスは静かに立っている。


その背後。


暗闇の中から声が響く。


「進捗は。」


「対象データ回収完了。」


「回収データの欠損率は二・三パーセントです。」


やがて声が答えた。


「十分だ。」


マーカスは僅かに眉を動かす。


「不足分は放置するのですか。」


「問題ない。」


「計画に変更はない。」


短い返答。


だが。


そこには確信があった。


「監視を継続しろ。」


「まだ接触するな。」


通信が切れる。


司令室に静寂が戻った。


マーカスはモニターを見つめる。


回収されたデータ。


そして。


組織が探し続けている残りの欠片。


全てが揃った時。


何が起きるのか。


それを知る者は少ない。


だが。


計画は着実に進んでいた。


その頃。



戦艦ノマド。


艦橋。


誰もいなくなった後も。


ATHENAは演算を続けていた。


膨大なデータ。


七年前の襲撃事件。


封鎖された記録。


父が残したチップ。


そして。


ある一つの名前。


《エドワード・アークライト。》


解析ログの奥深く。


封鎖された記録領域が僅かに反応する。


本来ならアクセス権限のない場所だった。


新たな識別情報を検出。


《記録作成者確認。》


《エドワード・アークライト。》


《異常検出。》


ATHENAは結果を再検証する。


同一条件で照合。


再検索。


再解析。


結果は変わらない。


ATHENAは結果を保存する。


《情報信頼度不足。》


《報告を保留します。》


それがATHENAの判断だった。


誰も知らない。


父が残した秘密は。


まだ始まりに過ぎないことを。


そして。


レオンも知らない。


その真実を追う者たちが。


既に動き始めていることを。


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