優しさ
「兄っていうけど……実際俺のことなんかきょうだいとも思ってないくせに。でもチェレーゼは強すぎっからな〜」
オリバーは見せびらかすようにナイフを動かす。
「俺の命と引き換えに殺しても……また別のやつ呼んで同じことするだけだもんな? そんで失敗作は放置するんだ、俺と同じようにさ……」
「パパはそういうつもりじゃ……」
「テメェはよくしてもらったから気づけてねえだけだよ! ピグトニャは薄々気づいてるぜ? ほら……『パパは姉さんだけを愛してる……』っうあ、やべ」
「その幻術をやめなさい。これは命令です」
オリバーの手が震えてナイフが落ちた。私はその隙を見逃さず、口承で軽い風を起こしてナイフを遠ざける。無事チェレーゼがそれを手にしたのを見て、ホッとした。
「ナイフは……1本だけじゃない……」
「しかしその体では、勝つことはできません」
「ぐっ、あ、」
「生命が維持できなくなるほどやってもいいんですよ……オリバー」
チェレーゼはつかつかと歩み寄り、ぐったりしているオリバーの頭を蹴り飛ばし、私を解放した。私は震えながらもなんとか起き上がって、チェレーゼの背後へ逃げ込み、詠唱体制をとる。しかし、チェレーゼに、休んでいて大丈夫ですよ、と優しく制された。
「この家の鍵をどこで手に入れました?」
「っ……テメェのフリして鍵屋に行ったらもらえたよ。もっとセキュアにしとけ」
「ハァ……ボケ鍵屋ですね。いくつ鍵があってもバカが一人いたらどうしようもない……。ところで、なんの用事ですか」
「言うかよボケ、そこの女に聞けよ」
「あなたの口から聞きます……何をしてでも」
そういうとチェレーゼは、息も絶え絶えのオリバーの手を握り、ぼきっと嫌な音を立てて人差し指を折った。低い悲鳴が上がる。
「あなたの防御魔法なんか紙っぺらと同じだと……何度同じことをされればわかるんです? 指はあと9本ありますし……私の回復魔法を使えば何度でも折っては治せます。質問に答えなさい」
「っはー、はー、知ってるよ……でも可愛い妹は最後には俺を解放してくれるとも知ってる……うぐっ!」
「……」
チェレーゼは冷たい顔つきで、今度は腹を蹴った。私は、親を殺したと告白したときのチェレーゼの、あっけらかんとした、独特な印象を思い出した……。殺人に対して、なんとも思っていないような……それは普段の優しく、信心深く、温かいチェレーゼとはまったく違うようではあったが、確かに彼女の一面だった。オリバーの真似事なんかよりもずっと、彼女の精神性を映し出していた。
「私やファーザー・エイリムを目の敵にするだけなら、若く可能性があるあなたに慈悲をかけたい……そう思いますが、私の大切な人に手を挙げるなら、容赦はしません」
「た、いせつって、ウケるな、まだきて数ヶ月だろ、そいつ」
「しかし、私のために両手を差し伸べる人です」
「……っ召喚者にとってはしょうもないことだろ! とにかく俺は、俺みたいにしねえために……アイツを助けにきたんだよ」
「おおかた、私のフリをして連れて行こうとしたんでしょう? 変身術は違法だと何度言えばわかるんです? そもそも、自信があるなら正面から説得してみてはどうですか? あなたにはその自由がある。ここは大神官に言論で楯突いても逮捕されない、素晴らしい国ですから」
「……」
「できませんよね? ピグトニャで一度失敗していますから……だから騙し討ちみたいな手に出たのでしょう? あなたは、あなたを憐れんだピグトニャのおかげで一命を取り留めているにすぎない……」
そうしてチェレーゼはどこからか(おそらくポータルから)道具を持ち出すと、なんとか暴れたり、ずっと小さい生き物に変身して逃げようとするオリバーを、あしらいながら拘束した。何もないように見える空間に手錠がハマる様子は、一種の前衛アートのように不可思議だった。原理としては、光魔法を応用してこちらに見える像を操作しているだけで、体そのものが変わるわけじゃないのだろう。魔力が維持できないのか諦めたのか、小さな生き物はオリバーの姿に戻った。
「オリバー……私はピグトニャほどには、優しくありませんよ」




