掲示板
「そんなことできる?」
「頑なに拒むなら黒だと思うしかないような状況……それを演出できればこっちの勝ちだ。だがそれには準備が要るし……すぐに名案が思い浮かぶわけでもない。でも、これ以外にはない。はっきり言っておくが、姉さんの強さは異常だ……今のおまえでは立ち向かえない」
ピグトニャはポータルからタブレットを取り出し、インターネットで『チェレーゼ・イグノジー』と調べ始めた。
「姉さんの経歴や、クエストをこなしたときの動画、普段している人助けの様子なんかまで、インターネットで検索したら無限に見られる。それを見ればどれだけ強いかよくわかる。勇者の影に隠れがちだが、あいつだって、姉さんがいなければ勇者足りえなかった」
「そんなに強いんだ」
「強い。神官や研究者としての功績の方が大きすぎて、忘れ去られつつあるけどな……」
ピグトニャはそう言いながら、魔法のプロ5人対チェレーゼの試合動画を見せてくれた。試合形式は乱戦……攻守交代の概念がなく、お互いが自由に攻めたり守ったりする形式で、固有魔法は禁止らしい。動画の中のチェレーゼはかなり若い。面影はあるものの、今よりも自信過剰に見える表情をしている。
プロ5人は、それぞれ自身の得意な技を仕掛ける。地面を隆起させ空中にチェレーゼを放り投げ、竜巻を起こしてそれを補助し、ある選手は大量の水を出現させて、また別の選手がその中を泳いで空中のチェレーゼの高度まで辿り着き、近接攻撃を仕掛ける。そして残りの一人は魔力をひたすら溜め込んでいる。チェレーゼはなすすべもないかに見えた……が、カメラの方を向き、ニコッと笑って手を振る余裕を見せた。頭を下に落下しながら、ぐっと腕を伸ばし、『せーのっ』と声をあげて、わずかな出力の爆発を何度か起こすことで体勢を整え、近接攻撃を避ける。その後、竜巻の風を全て吸い取るようにして、自身の足場の浮遊魔法へ変えた。
『魔力の節約になって助かります』
昔から煽り癖は健在らしい。そのまま口承とタイピングを組み合わせ、水までも自身の手の内へ持っていこうとする。泳いでいた選手は危険を察知して飛び降り、水魔法の使い手は慌てて蒸発させる。彼らもプロであるから、次なる攻撃をすべく詠唱に取り掛かる。その間、魔力を貯めていた一人が、猛然と襲いかかる炎と、仲間全体への防御魔法を同時に出力した。チェレーゼは防御をするが、炎はその周囲を囲い込む。
『急げ!』
『わかってるって!』
炎魔法は突破が難しい。いくら防御魔法があっても、本能的な恐怖に中々勝てないからだ。水や風に飛び込むことはできても、炎だけはできないという人は多い。少しでも足止めをして、その間に協力して大魔法をかけるつもりなのだろう。しかしチェレーゼは、悠然と炎を突破し、炎魔法の使い手の選手の前に降り立った。
『魔王戦と比べたら、こんな種火なんて、すこしも怖くありません』
そういうと、続けて詠唱しようとする両手を後ろ手に縛り上げ、とすん、と背中の一点を押した。軽い刺激に見えるが、選手はダウンし、彼女はこう呟く……『まずは一人』。土砂と水を混ぜたものを作って攻撃を仕掛ける二人組の背後に、瞬間移動かと見紛う速度で回り込んで、彼らもダウンさせる。しかも、しれっと水と土砂を回収し、水は蒸発させ、土は地面に還している。それを見ていた近接魔法の使い手は、庇うように風魔法の使い手の前に立ち、重そうなキックを放つ。チェレーゼは随分と細い片腕でそれをいなし、選手の勢いは殺さないままに軌道をずらして、地面に激突させる。
『中々強いですね。魔法だけでなく肉体の鍛錬も感じます。もう少し体内の魔力移動をスムーズにできたら、化けますよ』
なおも起きあがろうとするその選手をデコピンでダウンさせ、残る一人を見やる。
『さあ、全力でどうぞ。今までの作戦は無駄でした……ならばもっと! バフをかけるしかありませんよね? あなたの最高の魔法を……見せてください』
風魔法の使い手は、奇妙な音を立てながらリング全体をかき回し、風力によって天地をひっくり返した。本人は風の向きと逆方向に力を加えているのか、悠然と立ち、さらに詠唱をする。光が激しく点滅し、やがて色がつきゆらゆらと揺れ始めた。ゲーミングキーボードみたいな、蛍光色の虹色だ。チェレーゼは、巻き込まれた他の選手を防御魔法で包み、審判の方へ送った。審判は慌ててそれを受け取って、リングの外へ出す。チェレーゼはそれ以外をせず、しばらくくるくる回っていた。
『ふむ、三半規管を狂わせる策ですね。トリッキーで中々良いセンスですが……私、』
ぴたっ、とチェレーゼの動きが止まる。気流の隙間を縫って、敵へ近づいてゆく。
『もっと酔いやすい乗り物に……よく乗っていたもので』
そしてこめかみを殴りつけると、選手は目を白黒させてダウンした。チェレーゼはお姫様抱っこの要領で選手を抱え、そっと地面に降ろす。そして審判の宣言により、チェレーゼの勝利が確定した。
「……強すぎる! え、なんでプロやらないの? 勿体無いって」
「姉さんは次代大神官を期待されてる身だ。本業は神官であって、これも国民教育……つまりは奉仕活動の一環なんだよ。一方神官を辞めてプロになった俺は、姉と違って神を捨てたカスって言われてる」
「かわいそう」
「ピグトニャアンチスレもある。今Part.334」
大笑いしてしまった。こっちにもアンチスレとか掲示板とかあるんだ。334っていつからあるんだよ。しかも、私が現れてから、スレの勢いが加速したらしい。
『勇者がいなくなった結果の繰り上げ1位でしかないのにイキってる七光り野郎きらい』
『こんだけヲチされてんのに女絡みの噂ないのなんで?』
『>>57 シスコンだから』
『>>56 そのプロ番付1位からも逃げてるしな このアーカイブ見るとソメヤ選手が明らかに困惑してるのがわかる 引退したくて他国出身の新人に重責を押しつけてるようにしか見えない 神官辞めたとき愛しのお姉ちゃんに全部押しつけたのと同じ手口』
『例のピグトニャガチ恋BBAさん、チェレーゼ神官様や同世代女選手に文句つけたくて必死なんだな』
例のピグトニャガチ恋BBAさんってなに? ピグトニャガチ恋アカウントとかがあるの? 同世代女選手……ということは、ソメヤ選手アンチスレもあるのか? 私は身震いしてタブを閉じた。




