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完全栄養食

 結局泊まることは了承され、煽り合いには負けたが交渉には勝った。もう遅いから先にシャワーを浴びろと促され、そういえばクエスト帰りのままだった、と思い出す。靴も気づいたら脱がされていたし、色々と申し訳ない。


「服洗うか? 乾燥できるけど」

「……この服って洗っていいのかな?」

「あー、それもしかしてあれか。大会のときの」

「そうそう。あの日はチェレーゼが洗濯当番で、何も考えてなかった」

「俺が知ってる仕組みなら問題ない。それは背の内側にある刺繍が魔法陣になっていて……そこがほつれなければ問題ないはずだ。結構頑丈な糸だから、裁ち鋏でも切れない」

「なにそれ怖」


 話している間に、ぽいぽいと服が投げられる。これを着ろということだろう。


「ねえ上が2枚あるよ」

「重ねて着ろバカ」


 よく見たら、肌着らしき素材と厚手のシャツとで、ちゃんと重ね着するときのことを考えてあるようだった。諸々気を遣って選んでくれたのだろう。今の時期には少し暑いが、文句を言うわけにもいくまい。礼を言って、大人しくシャワーを借りた。


 シャワールームは広々としていて、そういえばこの家広いな、と思った。やはりピグイタンのナンバーツー、というか勇者不在の今は最強の男ともなれば、お金の方もそれなりに入ってくるということか。シャンプーやらボディソープやらの類がぱっと見当たらず、きょろきょろしていると、タオルなどをかけるのであろうスペースに宙吊りになっていた。丁寧な暮らしをしてる人のSNSでよく見る浮かす収納ってやつだ! こっちにもあるんだ! と、ちょっと感動した。カビやら汚れの原因が同じなら、違う宇宙でも同じライフハックが通用するんだな。あとでライフハックをまとめたショート動画とか見てみよう。


「シャワーありがと」

「俺も入ってくる。これ食べて待ってろ。味は微妙だが、あいにく今はこれしかない」


 用意されていたのは、袋に入った謎のスナック菓子のようなものだった。パッケージを見ると、『完全栄養食(軍用)』とある。レーション……? いつもこんなものばかり食べているのか? チェレーゼが時折、弟への心配を口にする理由がわかる気がした。


──あの子を一人にするのがいまだに不安なんです……けれど弟離れしないといけませんよね……所帯を持つ様子もないですし気になって……でも過干渉でさらに婚期を遅らせるわけにもいきませんし……あ、自分を棚に上げるなってご指摘は聞きたくありません。


 確かこの話をしていたのは、チェレーゼの仕事が早く終わって、ギルドの酒場で飲んでいたときのことだ。たしかアマリもいて、ゲラゲラ笑っていた気がする。アマリは誰とでも仲が良く顔が広いため、チェレーゼからしばしば呼ばれては、「相変わらず女の影はないですね!」と伝える役をしていた。そう言われるとチェレーゼは、ほっとしたような不安が増したような、不可思議な表情をするのだ。それがなんとも言えず面白く、酒が回っていることもあり、私たちはその顔を見るたびに笑った。


 やっぱり、あのチェレーゼが、倫理にもとる行動をとるとは思えない。けれど私は、倫理にもとる行動をしようとしている……これから。


 ピグトニャがシャワーを浴びる音をBGMに、どうやって話を切り出したものか考え始めた。

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