煽り合い
起きると、自然に瞼が開いた。ベッドの端を見ると、ピグトニャはまだ眠っている。そう長い時間が経過したわけではなさそうだ。今の時間をメモしようとスマホを探すが、あるべき場所に見当たらない。もしかして落とした!?
「ん……治った……?」
「あ、おはよ。治ったよ。私のスマホ知らない?」
「ちょっと待って……」
ピグトニャはゆっくりと起き上がり、私のスマホを持って戻ってきた。
「拾ってくれたの?」
「そう、落としてたから……。お節介ついでに言うと、メッセージアプリの通知は内容非表示にした方がいい……」
「えっ、なんか変なのきてた!?」
「別にきてない……目についただけ。勇者候補様なんだから、セキュリティには気を配ってくれ……」
ふわあ、と彼はあくびをし、壁掛けの時計に目をやった。私も確認する。午後9時。メッセージアプリを確認すると、チェレーゼから何件か連絡が来ていた。
[聞こえました?]
[戻れますか?]
[ピグトニャから事情は聞きました。ゆっくり休んでください。私は帰りが遅くなりそうです。また連絡します]
[なんとかなりましたが、今日の帰りの足は無くなってしまいました。明日の昼過ぎに戻ります]
[(お大事に と書かれた可愛いスタンプ)]
やってしまった。多分、気づかぬ間に反動が始まっていて、その頃にチェレーゼはこの服を通じて連絡をくれていたのだろう。私はサルーニャ以外を知覚できず、この数時間チェレーゼをガン無視する形になってしまったのだ。慌てて返信する。
[ごめん寝てた!私のクエストなのにごめんね、ありがとう]
[(お疲れ様 と書かれたきボットのスタンプ)]
「はぁ〜やっちゃった」
「反動の存在を知らなかったんだから仕方ないな。家まで送ってやる」
「ありがと」
いそいそと外出の準備を整えるピグトニャの背中に向かって、あ、と声を上げる。
「どうした」
「ごめん、ちょっと待って。私もピグトニャと話したいことがあって……二人きりで」
「……後日じゃダメか? これ以上遅い時間になると、男でも出歩かない。今帰らないと……」
「うーん……でも、ちょうどチェレーゼが帰ってこないみたいだし、後日にしたら忘れそうだし、絶好のタイミングなんだよね……そうだ。今日家泊めてよ」
「は!?」
ピグトニャはこちらを向いて、あのなぁ、とお説教モードに入る。
「わかってるわかってる、警戒心がどうのとかでしょ。そう簡単に男の家泊まらないって、今回だけ。実際それしかないでしょ?」
「……本当か? アマリとかジズの家にもそうやって泊まり込んでないだろうな? 別に恋愛を制限はしないが、遊び好きの女だと思われたら、勇者候補としてのイメージ戦略的に面倒……」
確かにアマリとは仲が良いが、ジム以外で遊びに行くほどではない。ジズも同じジムのプロの一人だが、そんなに話したことはない。ピグイタンにきてしばらく経つが、誰とも恋愛関係にはないし、その兆しさえ訪れていない。というかここで恋愛関係になっても困る。いずれ地球に帰るんだから。
「行くわけないでしょ! 私だってもう27の女なんだから、その辺の常識はあるって」
「……お前や地球の常識は知らん。こっちの常識に鑑みれば、お前は、平均的なピグイタン人女性より、些か無防備で短絡的に映る」
「むむ」
確かにそれはそうなのだろう。しかしなんだか納得がいかない。私はチェレーゼの弟であるピグトニャだから色々と無防備になっているのであって、それは最初に指摘された部屋着の件からずっとそうだ。他の男に対して無防備になったことはない……多分。それを言い返せないかともごもごしていると、はっと大会での会話を思い出した。
『ピグトニャは女心疎いですからねえ〜』
『姉さん!』
『そうだよな、こんな美丈夫なのに、彼女もできたことがなく……』
『アマリ!』
これだ。ここを突くしかない。
「……でもピグトニャって、あんなにモテてるのに、この歳まで彼女いないんでしょ? テスの好意にも気づかないし、教えた後も別に進展するわけでもなし。無害そうじゃん。そんなピグトニャが、私に変なことするわけないもんね。他の男の人はもっと警戒しとくよ」
「なっ……テスはまだ子供だぞ、手を出すわけないだろ」
「子供じゃなくたってそうでしょ? それに、なんかされたらチェレーゼにチクればいいもんね〜」
「お前なぁ……年上のくせにガキみたいな煽り方しやがって……」
声色は完全に、痛いところを突かれているときのそれだ。だというのに、呆れ顔をすることで優位に立とうとしている。ここは人生の先輩として、ひとつ教えてやらねばなるまい。
「あのねえ、人間の精神は20代前半ぐらいで成長止まるから。ピグトニャももう25でしょ? もう年下も年上もないの」
「お前は25歳の水準でさえない」
え、そうなのかな。負けました。




