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浮遊感

 サルーニャが遠く遠くに離れ、完全に何もわからなくなった。この力には有効範囲があるらしいと初めて知った。今度、何メートルまで使えるのかを実験した方が良さそうだ。固有魔法を解除すべく意識してみたが、状況が変わらない。解除できているのかもわからない。もうしゃべっていい? と聞きたかったが、そうやって声を出すのも恐ろしく、何らかのアクションを待つしかなかった。何もない世界というのは、1秒が1分に感じられるのだとはじめて知った。完全なる無音、無感覚が続いたあと、また叩かれた。今度は常識的な力加減で、常識的な場所を。彼は何度か繰り返し、私の手を叩いた。


[聞こえるか? 待たせて悪い。人前で使いたくなかった]

「なんか聞こえる!」

[静かにしろ。俺と話すイメージを持って念じるだけでいい]


 脳内に直接ピグトニャの声が響きわたる。無音でないというのは素晴らしいことだ。


[これってテレパシー?]

[秘密な]


 私は起き上がり、こくこくと頷いてみせる。立とうとしたが、危ないからやめろと制された。状況を説明しろ、と命じられ、私は今、触覚以外ほぼ無感覚であり、何も聞こえないし見えないし、自分の意思で瞼を開けることもできないと伝えた。


[理解した。ひとまずお前は、俺のポータルに入れて連れて帰る]

[ポータルに人って入るの!?]

[本当は入らないように安全装置がついてるが、外してある]

[ダメじゃん!]

[冒険者してたときに必要だったんだよ。多分酔うけど、今のお前に酔い止め飲ませるのは危ないな。我慢してもらう]


 酔うのは嫌だしポータルの中に入るのも怖い! という私の抵抗も虚しく、簡単に足が持ち上げられ、どんどん、何もない空間へ収納されていくのがわかった。腰を上げろ、と言われたが、脚はすでに無の空間へ落ちていて、崖のへりに座っている感じだ。怖くて無理だと言ったら、人が来たら困るから早く、と焦った声が響いた。一瞬、腰のあたりに手が触れたけど、無理に押し込むのは抵抗があるのか離れていった。頼む、と、再度請われる。


 魔法でなんとかしてくれよ、とも思ったけれど、魔法もそんなに都合が良いものではない。人の体を浮かせたり、地面を隆起させて強制的に滑り込ませたりなんていう芸当は、住宅街のちっぽけな公園でやるには目立つし危険で、多分なんらかの法に触れる。勇気を出して飛び込むと、案の定落下する感覚があり、悲鳴を上げそうになった。しかし、喉から声が外に飛び出る前に、ぴたっ、と動きが停止し、私の悲鳴はお腹の中に落ちていった。死ぬかと思った。重力の方向は体の表から背に向かっていて、地面に寝転がっているような体勢であることはわかる。しかし、どこにも体が触れている感覚がなく、気味が悪い。


[水に浮かんでる様子をイメージして、力を抜いてみろ]


 言われるがままに想像すると、確かにしっくりきて、かなり楽になった。きっと何度も経験したのだろう。冒険は過酷だ。


[ポータルの中は入れた物体ごとに固有のスペースが用意され、その物体を最も傷めないよう天地や物体の形状が調節され、固定される。生卵をそのまま投げ込んだって割れない、車よりよほど安全な乗り物だが、持ち主が出し忘れるとそのまま死ぬ]

[怖! 絶対忘れないでよ!]

[俺なら大丈夫。忘れてもお前がそうやって叫んでれば伝わる。ポータルが盗まれたら終わりだが]

[怖いよ!]

[また話しかけるまで寝てろ]

[怖い怖い怖い暇暇暇暇ずっと会話してて]

[受信はいいんだが、発信は燃費が悪くて疲れる。お前とおしゃべりしてて、いざってとき使えなかったら困る]

[わがまま言ってごめん……]


 そこで私は思いついた。固有魔法をピグトニャに向ければ、周囲の状況も把握できるのではなかろうか。


[相談なんだけど、私の固有魔法をピグトニャに使っていい?]

[は!? 何言ってんだ]

[今の状況、固有魔法起因で起きてると思うから……今度はピグトニャに使えば、ある程度感覚を取り戻せるかなって……]

[だろうなとは思ったが……詳細も知らない固有魔法かけられたいわけないだろ。天啓を説明してくれたら考えてやるかもな。ちなみに、勝手にかけようとしても無駄だぞ]


 この世界に来たばかりのあの日、チェレーゼに固有魔法を使おうとして弾かれたときのことを思い出した。そういえば、固有魔法を弾かれたのはあれっきりだ。バルも相当強いはずだが簡単に使えたし、大会でも使えた。普通の防御魔法は無視できる能力ということなのに、チェレーゼやピグトニャはどうやって防いでいるのだろう。複雑な魔法なのだろうか。それとも、単純にめちゃくちゃ強ければ弾けるのだろうか。


[えっと、私の天啓は……]

[本気にするな、アホか。俺にはまだいいが……他人にベラベラ話すなよ。信仰の話じゃなくて、弱みを曝け出すなって意味]

[ピグトニャ以外に話すつもりないよ]

[お前はそう言いながら、少し仲良くなったら誰にでも話しそうな危うさがある。だからさっきも黙らせたんだ、何言うかわかんないし]


 それはそうかもしれない。人を信じすぎるのは悪い癖だ。


[……やっぱやめようかな]

[そうしとけ。我慢しろ。……軽率なことを言って悪かった]

[ううん。こっちこそわがままでごめん]

[固有魔法は使わずに寝てろ。後で説明してやるが、それはそのうち治る。喋ってても返事はしないからな]

[わかった]


 私は頑張って寝てみようと努めた。水にぷかぷか浮かぶイメージを必死に作り出し、気味悪さを打ち消そうと頑張った。なかなか難しい。このチャレンジをしている間に何時間でも経ちそうなぐらい難しかった。

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