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旅立ち


「ピグトニャ様、彼女は……」

「クエスト受注者のソメヤ・イストゥール。俺と同じプロチームの選手です。ちょっとトラブってるみたいだけど」


 何も聞こえず、何も見えない。サルーニャがピグトニャに見惚れていることだけはわかる。固有能力の使用をやめたいが、もし知覚が戻らないままにサルーニャのことも認識できなくなったらと思うと恐ろしかった。突然瞼に力が加えられ、強制的に視界がひらける。ピグトニャの顔面が見えた。同時にサルーニャの詳細な情報も流れてきて、脳内の回路がショートしそうだとパニックになり、私は暴れてベンチから落ちた。落ちてしまうと、ますますここがどこだかわからない。自分は目を閉じていたのか、と驚いた。目を閉じているかのように何も見えないと思ったが、本当に閉じていたなんて。


 おそらく地面であろう場所に、大の字に寝っ転がり、深呼吸してみる。何も見えないが、とりあえず天地はわかる。目を開けようとしたが、自力では開けられない。仕方がないので、手を使って瞼を開けようとしてみたが、体が抵抗する。


「ピグトニャ、ごめん、動けない」

「はぁ……」

「ソメヤ、大丈夫……?」

「大丈夫大丈夫、俺がなんとかするから」


 サルーニャの心配が伝わってくる。優しい子だ。養護施設でうまくやっていけるだろうか。上手く事が運べば、セレンゼ神殿の附属施設に入れられるとチェレーゼは行っていた気がする。そうしたらちゃんと会いに行って様子を見よう。考えているうちに、ぺちんと手が叩かれる感触がした。ピグトニャだ。


「ピグトニャ? 私いまっ」

「……ソメヤは他国出身で、まだ魔法に慣れてないんですよ。なんかミスって、バグっちゃってんでしょう」


 セリフの途中で、口元に何かが当たる感触がした。細くて温かいものが、私の唇を強く抑える。もしかして、指? 口元に人差し指を運ぶ、あの、「静かに」のジェスチャーを、チェレーゼも以前したことがあったのを思い出した。地球と共通なんだなぁ。唇を閉じ、3秒ほど経つと、それはゆっくり離れた。


「静かにってこと? 痛ッ!」


 頬を叩かれた。そのとおりらしい。なにも、頬を叩かなくても。抗議しようにももう叩かれたくないので、私は黙り込んだ。


「えーでも私、大会見てましたよ。あんなに魔法を使いこなせる人が、慣れてないなんて」

「だからこそですよ。センスが良すぎると、凡人じゃできない変なことしでかすことが、たまにあって」

「そういうものなんですねえ。非適性者(私たち)にはわからない世界です」

「まあ、何事にも通じるんじゃないすかね。……コレは俺が連れて帰るから、その子を連れてってくれませんか。サルーニャ、構わないかな」

「……ピグトニャ神官様、来ない、ですか……?」

「あー、知らない人ばかりじゃ不安かな?」

「えと……いや……あの……ピグトニャ神官様と……あの……」


 多分サルーニャがピグトニャと一緒に保護施設に行きたがってるけど、なんらかの理由でピグトニャは行けなくて、サルーニャはそれを惜しんでいるんだけどピグトニャは鈍くて何も気がついてないんだろうなー、ということが伝わってきた。この男、テスからの好意にも気がつかないし鈍すぎる。もしかして、女から好かれるのが当たり前すぎて気づかないんだろうか。今まで何人の女が想いを散らしたのだろう。


「行き先はセレンゼ神殿附属養護園。俺もソメヤも近くに住んでる。不安になることはない」

「ま、また、会えますか」

「会いに行くよ。俺もソメヤも」

「じゃ、じゃあ、大丈夫、です。あ、ありがとうございます、神官様」

「あー、あと。実はもう神官じゃないんだ。神官様、じゃなくて、ピグトニャでいいよ」

「ピグトニャ様……」

「……まあいいか」


 サルーニャが遠ざかっていく。車か何かに乗るのだろうか。人がいるはずなのに、サルーニャの足音、心音、衣擦れ……そういったものしか聞こえない。


「君がサルーニャ・トゥーちゃんだね?」

「はじめまして。今日から行く施設の先生だよ」

「せんせい……?」

「車の中でゆっくり話そうか。車は乗ったことある?」

「多分、ない、です」

「酔い止めのキャンディあげようね。はい」

「……」


 何かを食べさせられたらしい。頑張って耐えているが、苦手な味のようだ。

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