面白いこと
「……先に謝っておくね。今日来たのは実は、魔法を教えるためじゃないんだ。ごめん」
「え……」
幼い丸い目に失望の色がよぎる。
「私はね、魔法よりももっと……面白いことを、教えに来たの。サルーニャちゃんだけじゃなくて、お父さんやお母さんにも」
「……面白いことって、何」
私は、ポータルから物理キーボードを取り出した。そして、両手でそれを持ち、サルーニャに見せびらかす。
「タイピング。したことある?」
「たいぴんぐ……?」
「もしかして、教わってない?」
サルーニャは頷く。私は動画の続きを見るように促した。自分の戦闘シーンが流れる。
「魔法を使うときにね、これ、キーボードっていうのを打って詠唱するの。例えば今やったこれは、こんな感じ」
動画の中で発生した出来事を、周囲に害がないように、ごくわずかな魔力を用いて微小に再現する。
「これがタイピング。なんだけど、魔法以外にも使うことができて……むしろそっちがメインというか。見てこれ」
続いて自分は、スザンナ・カーニャーと、個人的にタイピングバトルをした時の動画を見せる。彼女はバラーズ・ジム・競技タイピングプロチームに所属しており、ピグイタン最速、鉄の女王と呼ばれる選手だ。一緒に大会に出たユアンナの姉でもある。ちなみに私やユアンナの所属は魔法プロチームであり、競技タイピングのプロではない。
「文字が消えてる」
「これで文字を打つと入力できて、速く打てたら強い。正確ならもっと強い。これだけ」
「ソメヤ負けた」
「そう! 負けちゃった。スザンナはすごく強い」
サルーニャは不思議そうに首を傾げた。大会で優勝し、ピグトニャよりも強いと言われた私が、あっさり負けたからだろうか。それか、動画内の私が出した、『負けた〜!』という大声のせいかもしれない。
「ソメヤ、魔法ないと弱い……?」
「弱くはないよ、弱くはないと思う、弱くはないけども」
サルーニャは声をあげて笑った。何かがツボに入ったらしい。私はその楽しげな雰囲気を壊さないように、マジで弱くないからね、と念押ししてみると、彼女は大笑いした。箸が転がってもおかしい、というやつか。魔法を教えにきたのではない、と言ったときの不穏さは掻き消え、下地は整った。
「魔法使えるより、タイピング速い方がかっこいいんだよね、私的には。やってみない?」




