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 チェレーゼは小冊子を広げ、祈りを促す。


「神よ、この小さな集まりを祝福し、私たちの心の糧としてください。栄えある聖典と唯一の神のみ名によって、かくあれかし」

「かくあれかし」


 トゥー夫人は祈りの動作を取った。ンプァクト全土で共通するジェスチャー、四つ角の星のしるし。


「聖セレンゼの祈りをご存知ですか?」

「……いえ、恥ずかしながら」

「では、こちらを見てください。一緒に唱えましょう」


 聖セレンゼのご絵……葉書を半分にしたぐらいのカードを取り出し、トゥー夫人に渡す。その裏面には、聖セレンゼの祈りが記載されている。


──聖セレンゼ、慈しみ溢れる方。神はあなたのはたらきをご存知です。あなたはあらゆる人を人として愛しておられ、罪をも慈しみます。わたしたち罪人を慈しみ、わたしたちが互いに愛し合い、ひとつの家族となれるよう、神にお取り継ぎください。かくあれかし。


 蝋燭に炎を灯す。炎は人の心を落ち着ける効果がある。チェレーゼが……神官が灯した炎を、信徒トゥー夫人の持つ蝋燭へ移す。そうしてその蝋燭を簡易的な祭壇へ備え、聖典を唱える。


「聖典、繰り返すしるし。第10章16節から21節。聴け、神のみことば」


──二度とかたくなになってはならない。あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく畏るべき神、人を偏り見ず、すべての者を愛して食物と衣服を与えられる。あなたたちは己と異なる者ほど愛しなさい。あなたたちもまた、誰かと異なる者だからである。あなたの神、主を畏れ、主に仕え、主につき従ってその御名によって誓いなさい。この方こそ、あなたの賛美、あなたの神であるからである。


 トゥー夫人は、震える声で、唯一の神に賛美、と唱えた。チェレーゼは声色を努めて優しいものに変え、説教に入る。


「トゥーさん、あなたは娘さんを愛しておられますね? よくわかります。そのことは私たちにもよくわかっているのです。しかし、今日、私は教師(ラビ)として、あることを伝えなければなりません。それは、サルーニャちゃんは、魔法を使えるようになる必要などないということです」


 トゥー夫人は反論したげな顔をしているが、まだ神官のターンであることがわかるらしく、そわそわとしてはいるが、口は結んでいる。


「神は、人を偏り見ず、すべての者を愛しておられる……そして食物と衣服を与えられる。これは当時の方にとって、幸福の表現です。衣食があり、生きている。これは、人間であるだけで与えられる当然の愛です。神の愛は、適性者にも非適性者にも降り注いでいます。親が頭を悩ませなくても、子はすでに愛され、幸福への道はひらけています」

「っしかし、聖典は、子は親を敬い、親は善き親であるよう努めよとも言っています!」

「まだ説教の途中です。安心してください、悪いようにしたくて話しているのではありません。どうか信じて」


 チェレーゼはトゥー夫人を落ち着かせる。自分には、保護隊がソメヤと合流し、サルーニャが無事保護施設へ輸送されるまで彼女を家に留め置く義務がある。その後の夫婦のカウンセリングにも、多少関わることになるだろう。とにかく、彼女が激昂して、子を取り戻しに外へゆくことだけは避けなければならなかった。しかし、神官として、今後の彼らのためにも、言うべきことは言わねばならなかった。いざとなれば、精神を撹乱させる魔法で強制的に椅子へ縛りつけることもできるが、できればそうはしたくなかった。神官としての力のみで、この窮地を乗り越えてみたいと、そう思った。だから声色から表情筋のひとつひとつに至るまで、全てをコントロールしつくした。今から彼女にとっては酷なことを話す。自分にはその義務がある。


「はっきり言っておきます……非適性者を意図的に原初魔法の使い手とする方法など、ありません。少なくとも今は……。ピグイタンでは、その研究さえされていません。それは、必要としていないからです。非適性者の神官もいますし、今日私は、魔法を使っていません。魔法は、必ずしも必要なものではない。では、なぜ私たちはこの依頼を受け……あなたに会いに来たのか」


 実際にはソメヤに通信する際のタイピングとか、ポータルからものを取り出すとか、魔道具の使用はしているが、それはノーカンとする。トゥー夫人は、目尻に皺のある瞼を大きく開いて、こちらを見ている。自分の言葉を、畏れながら待っている。


「トゥーさん。私たちは家族です。私とあなたも、勇者様とあなたも、そしてサルーニャちゃんと私たちも、みな偏りなく家族です。本当の意味でピグイタンの民になりましょう。愛しあいましょう。私たちは、そのために来ました。ここは、非適性者でも輝いている方がたくさんいる国だと、勇者様ではない、原初魔法の使い手ではない、ごく普通の非適性者の子どもが安全に暮らせる国だと、あなたに知ってほしくて……来たのです」


 トゥー夫人の手が、自然と四つ角の星のしるしを刻み、その後、両手を重ねて祈り手となった。そんな夫人の両手を、そっと抱擁するかのように、チェレーゼの両手がつつんだ。


 両手を差し出すということは、ピグイタンでは最上級の、親愛の証。あなたを受け入れるという意思、そのしるし。


「なぜ、そのようなことが可能なのか、あなたはまだわかりませんね? 大丈夫、私がこれからお示しします。それは……この国が、ズィギズの国であり、同時に……」


──きっと、ソメヤ様ならこうするだろうな。


 あの日、過去を語った夜、ふと閃いた一筋の光。チェレーゼは物理キーボードをポータルから呼び出し、トゥー夫人の前に差し出した。


「タイピングの国であるからです」

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