難民
その頃、チェレーゼも同様の内容をトゥー夫人から聞いていた。
「なるほど……あなた方は難民だったのですね」
「ええ。家族皆ソラージル出身でございます。しかしサルーニャが産まれたので……逃げようと、ピグイタンへと密入国いたしまして。難民申請が無事通ったものですから」
「それは大変だったでしょう」
基本的に他国を好まない傾向にあるソラージル国民だが、時々、国外への移住例がある。その中では、間引きされそうになったズィギズの子と共に逃げる例が最も多い。ズィギズの赤子を連れて違法に逃げなければならないため、出国も入国も難しいが、成功すれば、多くの国が難民として受け入れてくれる。特にピグイタンは、成り立ちとしてズィギズの国であるため、海を越える必要があり直接入国は困難であるものの、逃亡先としては人気がある。
「海を渡りましたが時化に巻き込まれまして、海上警察が保護してくださったんです。違法とはわかっているがサルーニャだけでもと懇願しましたら、ぜひ家族でと。やはり、勇者様の国は温かい国なのだと思いました」
「……そうですか。それで……今回のクエストは、勇者様に憧れて、ですか?」
「憧れと申しますか……私たちは魔法が使えるのが当たり前なのに、サルーニャをこのような形で産んでしまったことに、申し訳ない気持ちがありました。今もあります。体のことはもう、仕方ありませんが……せめてあの子の可能性を、邪魔しない親でありたいのです」
「……なるほど」
チェレーゼは、目の前に聳え立つ歪んだ親心と愛情に、辟易と憐みを同時に感じていた。トゥー夫人は、子どものことを想ってか、そんな自分に酔ってかはわからないが、眼球を潤ませて、ついにはハンカチで拭い始めた。
「あの子には申し訳ない……私たちの教え方が悪いのでしょう。私たちは魔導師でない生き方も、原初魔法の使い方も知りません。……自分たちだけの力では限界があると思い、ギルドに頼ることにしました。最初は断られましたが、私たちは熱心に訴えました」
「……どのような理由で断られました?」
「……『魔法差別を推進する依頼は受けられない』、と。魔法差別なんてとんでもない。ズィギズの子を殺すような、ソラージルの魔法差別は間違っていると、私だって思っています。同じ命なのですから。だから私たち、ピグイタンへ逃げたのです。それとは別に、子の可能性を、才能を花開かせたいと願うのは……親として自然な気持ちではありませんか?」
「……お気持ちはよくわかりました」
やはり、通報して正解だった。愛ゆえの間違いは粘着質で、必ず子どもの心に大きな傷を残す……それも、何十年単位で癒えない傷を。そしてそれで傷つくのは、子だけではない……加害者たる親も傷つき、苦悩し、それ故により苛烈になったり、取り返しのつかないところまで進んでしまったりする。神官を数年やっていれば、痛々しい家族を見る機会はいくらでもある。人は完璧ではなく、家族は尚更である。
チェレーゼはポータルから儀式のための諸々の道具を取り出し、許可を得てテーブルへ並べた。
「……ピグイタンに来てから、非適性者の方とお話をしたことは?」
「ほとんどありません。私はソラージル育ちですから、無意識に失礼なことを言わないか恐ろしくて……」
「……心優しい方なのですね。神はあなた方をよくご覧になっています。あなた方の苦悩をご存知です」
トゥー夫人の顔が俄かに明るくなり、それでは、私たちの苦労は報われるのでしょうか、サルーニャは幸福になりますでしょうか、そう問いかけた。チェレーゼは答える。
「彼女も、もちろん幸せになれます。しかし……このままではいけません。あなた方のやり方では、神は悲しまれるばかりです」




