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チェレーゼの過去

「緩衝地帯は、エイシェストが滅びた後、国際条約により無主地となっています。結果がこの惨状……。裏社会の者や、人売りから逃げたズィギズ、様々な国から訪れる難民たちや、そこで生まれた子供たちが暮らすスラム……貧困と犯罪が蔓延る場所になってしまいました。そしてこの地は、私とピグトニャと、勇者様の故郷でもあります」

「え!?」

「意外ですか? ふふ、嬉しいですね」


 意外も意外だ。スラムに生き、ぼろを着て、痩せこけて汚れた幼いチェレーゼを想像してみたが、うまくいかなかった。彼女の立ち居振る舞いは全て、品のいい、気立ての良い感じのするものであったからだ。それらすべてをきっと、想像もつかないような努力で身につけたのだと思うと、計り知れない尊敬の念が湧いた。


「あの日……たまたま緩衝地帯への奉仕活動に同行したファーザー・エイリムは、私たちを見つけてくれました。神殿の炊き出しの列に並びながら、軽い魔力反応で遊ぶ私たちを」

「それって……聖セレンゼとかいう人と同じ……」

「そうです。魔法教育を受けずとも魔法を使える……その才能を持っていたのは、ピグトニャです。あの子が放出する軽い魔力反応で遊ぶのは、私たちきょうだいにとって、良い暇つぶしでした。周囲の大人たちはスラムの子どもに関心なんかありませんし、ごく軽い反応でしたから、優れた魔法適性者以外は、そもそも見ることさえできません。ですが、ファーザー・エイリムは気がつきました」


 チェレーゼはその日を思い出すように、遠い目をする。


「順番の来た私たちに、彼は優しく声をかけ、ピグイタンへの移住を打診しました。君たちには才能がある、魔法を学びなさい。家族など、魔法が使えない者でも、大切な者は一緒に連れてきて良いと。家庭環境の悪かった私たちは、大人への不信感があり、最初は拒否しました。人売りだと思ったのです」

「人売りを警戒しなきゃいけないのすごい地域だな……」

「よくあることですから。けれどファーザー・エイリムは怒りもせず、それなら、君たちの気が変わるまでここに滞在し、君たちのためにご飯を用意しよう、ついでに魔法を教えよう、と言い出しました。私たちは釣られました。空腹に耐えるのはつらいことです……。約束どおり彼は毎日、しかも3食用意してくれました。しばらくの間、私たちはそれを食べ、魔法を習い、キリのいいタイミングで逃げました。懐かしいです」


 小さな二人が、あの威圧的なファーザー・エイリムからさっさと逃げる様子を想像する。これは想像できた。微笑ましい。


「そんな中、私たちの様子がおかしい、やたらと健康的だと気づいた実の両親が、私たちに暴力を加えました。どこかに金品か何かを隠している、勝手に商売をしていると思われたようです。私たちは習いたての魔法で反撃し……彼らを殺してしまいました。あそこは人を殺したり殺されたりしたって、罪とさえ認識されない場所でした。ピグトニャはわかりませんが、私は、せいせいした、とさえ思いました。私たちの魔法を見た、両親の最期の言葉は……『気持ち悪りぃ化け物が、』でした」


 微笑ましいと思っている場合ではなかった。やはりスラムはスラムだった。こんなにも信心深いチェレーゼが、あっけらかんと殺人を公表したことに、私は驚きを隠せないでいた。そんなことを、知り合って数ヶ月の人間に話していいのか、とも思った。私は嫌ではないけれど、彼女のことが心配だった。


「そこに、ファーザー・エイリムが駆けつけました。きっと、私たちの魔力反応に気がついたのでしょう。彼は改めて、『うちに来なさい』と、強く言いました。私もピグトニャも、こんな場所で生きるのはもうたくさんだと思っていましたし、彼のことも徐々に信用しつつありました。私たちは、もうひとり友達を……家族のような存在を、連れていって欲しいと頼みました。それが、勇者様です」

「ちょっと待って、そういえば勇者って、なんで今までの話にほとんど出てきてないの? それだけ仲良いなら、一緒に魔法の練習してても良さそうなのに」

「勇者様は、魔法が使えません」


 驚く私に、畳み掛けるように彼女は伝える。


「非適性者です」

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