世界地図
ソメヤ様にはあまりピグイタンの外のことを教えていませんでしたね、と、チェレーゼは世界地図を見せてくれた。
「これが我が国、ピグイタン王国。これが筆記の国、ショドー共和国。そしてこれが……口承の国、ソラージル帝国」
私はそのとき初めて、この国が島国なのだと知った。海を隔てた大陸の北側にソラージルが、はるか西にショドーがある。そして他にもたくさんの小さな国がある。南半球にもひとつ大陸があるが、そこにはこうあった……
「……無主地。50年ほど前まで無神論者の国エイシェストがあり……その後は魔王の本拠地でもありました。かつての戦争の名残で、『緩衝地帯』と呼ばれています」
「これが、緩衝地帯……」
私は、初めてバルと会ったときの会話を思い出していた。『緩衝地帯出身とか……いや、出過ぎた発言を。ご放念ください』。
「他の小国にもそれぞれの歴史がありますが……ピグイタンと関わりが深いのはこれらの国と地域です。まず、ピグイタン王国は……国母聖セレンゼにより、150年前に独立を果たしたばかりの新しい国です。そもそもタイピング自体が、180年前に生まれたばかりの技術です」
「確か地球もタイプライターが出たのが150年前ぐらいだから、案外歴史の流れは近いね。どこから独立したの?」
「ソラージル帝国です。彼の国は、ソラージル以外に国は無しと言わしめるほど栄華を極めましたが……大きな闇を抱えていました。それが、魔法差別」
ソラージルは現在の世界地図でも存在感を放つ大国だが、チェレーゼは、かつてはここからここまでソラージルだったのだ、と指でなぞる。ピグイタンをなぞり、他の小国をなぞり、ショドーとちょうど真ん中に位置するあたりで止まった。それだけの勢力であれば、いかなる影響力をもっていたかは計り知れない。
「ソラージルは非魔法適性者のことを……"能無し"と呼びます」
「差別えぐ!」
「エデンの言語で訳されてしまってると思うので現地語の発音を伝えると……"ズィギズ"です。あの国に一人として非適性者はいません。産まれたら……間引かれるからです」
「えぐ!」
バルの言っていた『適正者しかいない彼の国』とはソラージルのことだったのか。なんとも恐ろしい。
「そこに至るまでも歴史がありますが、大きいのは……ピグイタンの独立が、非適性者の国民の下支えがあって成り立ったことです。当時ズィギズは、差別階級の奴隷として扱われていました。タイピングも、奴隷階級である彼らが、仕事を楽にするために開発した技術……魔法の下支えのない、純粋科学の力です。当時魔導士と呼ばれていた魔法適性者たちは、下働きの努力に、目もくれませんでした。そもそも彼らを強く意識することさえ卑しいことでした」
「ふむふむ」
「しかし……魔導士からズィギズが生まれることがあるように、逆もあった。ズィギズとされた血筋の中にも、魔導士が……魔法適性者がいたのです。しかし彼らは、魔法を習うことがないから、自身の力に気づかずにいました。だからこそ人知れず、その数は増えていった」
「なるほど」
「特に力の強い適性者は、呪文を習わずとも魔法を発動できる場合があります。聖セレンゼはその類稀なる才能の持ち主で……仕事の最中に、ふと、自分のイメージを自分なりに言葉にしてキーボードに打ち込んでみたのです。彼女の魔力とイメージが強まる感覚と共に、まるで魔導士たちのような強力な魔法が……彼女にも出せました」
「すごい!」
「彼女は決意しました。この国の同胞を……セレンゼにとっての同胞は、魔法適性の有無に関わらず、差別階級としてのズィギズのことです……救い出し、自らの国を作ると。それも、タイピングによって。紆余曲折ありその試みは成功し、今のピグイタン王国へと連なっています」
「かっこよすぎる……」
そうでしょう、そうでしょう、とチェレーゼは胸を張った。誰でも自国の歴史は誇らしいものだ。
「だからピグイタンは魔法国としては例を見ないほど非適性者が多く、差別も他国と比較して圧倒的に少ないし、差別に対する国民の拒絶反応も強いです。だから今回の依頼者は相当モンスターです」
「うげえ」
私の嫌そうな顔をよそに、チェレーゼはお茶を飲んで話し続ける。私もつられてお茶を飲んだ。今日のお茶は普通の味がする。
「話はソラージルに戻りますが……ピグイタンの独立を許すことになった彼らは、ズィギズを恐れました。それまで奴隷の輸入のため植民地にしていた非魔法国も、現地民の皆殺しによって完全に侵略するか、それができなければ解放しました。それによって領土と国力を多少失ってでも、魔導士だけの国にこだわったのです。そして、ズィギズの間引きをするようになりました。今もそれが続いています」
「胸糞悪すぎる」
「本当に胸糞悪いのはここからです」
彼女の指は、世界地図の『無主地』へ移動する。
「間引くだけではもったいないと……彼の国の恐ろしい皇帝たちは考えました。ソラージルで生まれた非適性者は、人身売買の被害者となっています。そして現在、その主な舞台となっているのが……先ほどお話しした、緩衝地帯です」




