表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
54/77

私にとって

「どんな感じ……っていうと?」

「……」


 チェレーゼは気まずそうに俯いた。


「ピグトニャから聞きましたが……ソメヤ様は、初めてのクエストのとき、魔法適性のない子供とタイピングバトルをしたとか。それ以降、ジムやクエストで機会があれば、魔法無しのタイピングをしていると、ピグトニャの他にも、色々な方から耳にしています」

「そんなに噂広まるの!?」

「ソメヤ様は目立ちますし、神官って仕事柄、地域の噂は信徒さん経由でよく聞くんです。噂の出所はどうでもよくて」


 当人である私からしたらどうでもよくはないが、大人しく聞く。


「恥ずかしいことですが……私は、タイピングを詠唱手段としてしか見たことがありません。速くなればなるほど、足枷が軽くなるような……そんな喜びはありました。けれど、ピグイタンの多くの……非魔法適性者の方々のような、タイピングそのものへの熱狂を、私は欠いています」

「……」

「私はどうしようもなく魔法が好きです。魔法を知らなかった頃……ファーザー・エイリムの娘になる前の時分に、良い思い出が無いからでしょう。魔法適性者で良かったと、心から思いさえするんです……。そんな私が説教だなんて……そう、思ったら、原稿が進まなくて。でも……地球は、魔法が発展していない星でしょう? そんな中で……深夜に発狂してエナジードリンクを飲むほどタイピングゲームに熱中するなんて……」

「煽られてる?」


 とんでもない、敬意ですよ、とチェレーゼは取り繕う。しかし、客観的に様子を伺うと、確かに、どうしてそこまで、と思わせるものがある。私はどうして17年間も、タイピングをし続けたのだろう。17年間も続けて、日本一にさえなれない程度の才能だったのに……勇者とやらが出した『X(イクス)』は、きっと出せない程度の……凡人なのに。


 あの少年や、ピグトニャに語ったことを思い出して、考えた。


 タイピングは、魔法なんかなくても、昨日の自分より速く打てたら満足できる。そして翌日には、昨日の記録をまた追い越したくなる。それだけで構わない。ただ文字を打つ、その指先の感覚、目の前で文字が消えてゆくことへの陶酔、打ち切った瞬間の爽快さ、記録が出ないときの悔しさ、出たときの大きな大きな喜び……それだけでいい。何の役にも立たなくたって、構わない。


 そうだ、チェレーゼの問いは、実は目新しいものではない。「そんなに速くなってどうするの?」とか、「もう実務的には十分でしょ」と言われることは、地球でもあったじゃないか。そして、そういった質問に、私は毎回こう答えた──


「──楽しい。それだけだよ」


 チェレーゼは、私のシンプルな答えに困ったのか、結局メモは取らなかった。ただ、優しく微笑んだ。


「……ソメヤ様は、良い勇者様に……ピグイタンらしい勇者様になるでしょうね」

「それ、ピグトニャにも言われた。どういうこと?」


 チェレーゼはメモをしまってキッチンに入ると、お茶を用意し始めた。長い話をするのだろうか。お湯を沸かす彼女の背中はしゃんと伸びていて、この人が努力の人であることを感じさせた。そのまま彼女は語りだす。


「……私たち勇者パーティには、大きな心残りが、ひとつありました。ピグトニャも、勇者様も、きっと共感してくれるはずです」


 私はシンクの掃除道具を片付け、リビングへ向かって、椅子に腰掛けた。チェレーゼがお茶を出すときは、そうやって待つのが習慣になっていた。やがて彼女はポットとカップを器用に持って現れ、二人分のお茶を注ぎながら話す。


「このクエストを受けた理由でもある……この世界の歪みのひとつを、魔法差別を……消し去ることができなかった。私たちの勇者様は、そのための力を持っていたのに。私たちはみんな……その憂き目に遭っていたのに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ