優しい者
覚醒者。特別な恩寵を受けた人々。魔物や原初魔法についての話は聞いたことがあったし、人が原初魔法に目覚める場合があるのも聞いたのに、それを使いこなす人々がいると正しく想像できてはいなかった。自分がまだまだこの国について無知であること、想像の追いつかない領域のことを思う。私は暗闇の中ランタンを手に入れて、周りが見えると喜んでいる。これから、その暗闇すべてを照らす光になることを期待されているというのに、こんな初歩の段階で……。
私が、一通りわかった、という顔をすると、チェレーゼはそれを読み取って講義を続けた。
「覚醒者とは、大抵、本物の信仰を持ちながら、原初魔法を必要とする状況に陥り……死にかける、というのは代表的な例ですね。その上で、神に愛された者がなります。火事場の馬鹿力が固定されたり、助けを求める心からテレパシーの使い手になったり……前者は武闘家に多いです。後者も、神への切なる祈りがテレパシーへ進化した例が観測されています。全員に共通しているのは、覚醒者になろうとしてなったわけではない……ということです。虐待によって起こる可能性も否定はできませんが、それよりは宗教教育の方が余程、効果があるでしょう」
最初に感じた悪い予感が大きくなる。不安と焦りと悲しみの混ざった、胸の中で羽虫が蠢きざわめくような感情。
「じゃあこの子は……もうすでに、酷い目に遭わされてるのかな。意味もなく」
「その可能性はありますね。もしかしたら、ギルド中央会がこのクエストを受け付けたのも、良心ある冒険者が哀れな子どもを救うことを期待してかもしれません……つまるところ、相当聞く耳を持たない親なのかも」
「私やる!」
ばん、と勢い余ってテーブルを叩きつけるように体を乗り出したので、チェレーゼは少々面食らったようだった。可愛らしい二重瞼が大きく開いている。けれど、止められなかった。
「チェレーゼ、星上げには良くないかもだけど……忙しいかもだけど……一緒に行こう。宗教教育が大事なら、神官のチェレーゼは適任だし……でも、それよりも、そうだな……クエストクリアにならなくてもいいから、この子が酷い目にあってるなら、保護したい。話を聞かないヤツに立ち向かうには、権威ある人間を連れていくに限る」
「……そうですね。私も神の僕として、虐待を看過することはできません。3日後なら、諸々の予定を調整して丸1日開けることができます。それまで、夜に作戦会議でもしましょう」
「やった! チェレーゼ、ありがとう!」
私は勢いよくチェレーゼの両手を掴んだ。そのままぶんぶんと手を振り、心からの喜びと信頼を示す。クマ退治の時の両手握手が嬉しかったので、私も本当に嬉しいときや感謝したいときは使おうと思っていたのだ。十分伝えたので手を離し、早速ギルドアプリから受注予約の申請を送る。受付完了の文字が表示された。他の人がまだ受注していなくてよかった。そうして安堵している私の耳に、遠慮がちな声が届く。
「あの……ソメヤ様」
「なに?」
「……両手の握手は、かなり儀礼を重んじる場面か……本当の本当に……感謝や尊敬、喜びなどを伝えるときの仕草です。安易に使ってると変な人が寄ってきますから、十分気をつけて……」
「安易じゃないよ、本当に嬉しかったし、感謝したんだもん。自分からやったのはこれが初めてだよ」
チェレーゼはどこか複雑そうな顔をした。父親の話をするときのピグトニャみたいな顔だ。そういえば、ふたりは養子だった。もしかすると、昔は虐待されていたり、悪い親の元にいたのかもしれない。傷を抉ってしまったのかもしれない。配慮が足りなかったんじゃないか、無理をすることはない、嫌なら今からでも撤回していい、そうやって私が慌てていると、そうじゃないので落ち着いてください、と嗜められた。
「ただ、気になっただけで……そんなに嬉しかったんですか?」
「うん。私ひとりでやるよりもずっと、助けられる可能性が上がったから」
「……たったひとりの、見も知らぬ子供を助けられることが……それも、自分の星上げにも、場合によっては報酬にも結びつかないようなことが……あなたに初めて、この動作をさせたと?」
「そうだけど……」
チェレーゼの瞳はわずかに潤み、唇は震えた。10秒ほど彼女は考え込んだあと、祈りの仕草をしながらつぶやいた。
「栄えある聖典と、唯一の神に感謝します。かくあれかし……」
そして彼女は、泣き顔と笑顔が混ざったような表情で続けた。
「ソメヤ様……これを言うのは二度目ですが、本当に優しい方ですね。だから主は、あなたを選んだ」




