がむしゃら
少年はかなり速かった。少なくとも地球基準ではめちゃくちゃ速い子どもだった。平均KPMが600ぐらい、ワードによっては800ぐらいある子どもだった。
「結構速いじゃん!」
「そっちもね!」
そりゃこっちはプロだから負けてられんよ。さっきプロに勝てるわけないって言ったの君じゃん。でもその調子の良さが眩しい。子どもは可能性の塊で、ついさっき言ってたことを翻してばかりで、そうやって成長していくのだ。それが私は嬉しいから……だからこそ、舐めずに叩き潰す。といっても今は守備なので、彼の攻撃を全部叩き返しているだけである。しかし少年は取り乱さない。
「あと3……2……1……アイテムきたあ!」
「えっ何!?」
突如私のお題が完全に壊れ、文字列がぐちゃぐちゃに入れ替わった。「文字列が入れ替わる」がお題なら、「列文字替わるが入れ」という感じだ。打ちづらすぎる。地球のアーケードゲームでもこんな仕様のものがあって、うわやめてくれ〜と言いながら打っていたな。そんなカスアイテムによって正確性が乱され、80%まで落ちたことにより、少年の攻撃が通ってしまう。
「うわああああやばいやばい! あっ突然直った、突然直るのも逆にやめてほしい」
「一発入ったぁ!」
完全にゲームシステムへの慣れが足りない。そもそもアイテムってなんだっけ。よくよく画面を見ると、アイテムゲージが端の方にあった。ミスなしで打つと溜まるらしい。全然意識してなかったので溜まっていない。焦りながらも攻撃を防ぎ持ち直したところで、ターンが終了する。
「まあこのターンで勝てばいい話だから……」
子ども相手にマジになっている27歳独身女性。勘弁してほしい。とはいえタイピングではどうしても、わざと勝ちを譲るなんてことはできない。タイピングの神に不敬である。あ、神は唯一なんだっけ。日本では当たり前なこの手の表現だが、ンプァクトでうっかり口に出したら本当にヤバいやつだと思われそうだ。注意しなければ。
今度こそ正確性を意識してタイプしよう。アイテム……アイテム……アイテム……と思っていると、知らない間に速度が落ちて、KPMが650ぐらいになっている。向こうのKPMが平均600程度なのでなんとか攻撃は通るが、あまりかっこよくはない。少年の方をチラッと見ると、何が楽しいのかやたらと笑っている。単にゲームが楽しくて笑っているのかもしれないが、今の私には煽りにしか見えぬ。しかし速度を落とした甲斐あって、念願のアイテムがドロップした。すかさず使ってみる。
「大人を舐めるなよ……!」
そのアイテムは、一定時間ミスを無視する効果がある、というものだった。ここぞとばかりに速度を上げる。650とか630とかばかりだったKPMが、700以上までぐっと持ち直す。そして打ち続けるあいだに、一度900が出た。私の中でも上振れの数値だ。
「KPMヤバ!!!」
「はーっはっはっは! これがプロだ!!」
ターン終了まであと10秒。必死に打つ。がむしゃらだ。赤ちゃんが見たら泣くぐらい鬼気迫る表情をしているに違いない。それでもいい。打つのだ。打て。打て。打て。打て。ただひたすらに。
──KPM、1012。
ターン終了3秒前に、勝敗を決したワードのKPM……地球の類似ゲームと同じ基準ならほとんど自己ベストであろう速さを示す数値が、煌々と輝いた。私は心地のいいときめきと、筋肉の弛緩を感じ、両腕をだらりとおろした。




