情け
「仰せのままに」
「待ってよ!そんなことしても、ソラージルからしたら工作員はナカネだけ……あなたは関係ないピグイタン人でしょ!?」
「いいえ」
コロネはこちらをまっすぐ見据え、ナカネに甘えるようにしなだれかかりながら語りだす。
「私は殿下にだけは完璧に変身できる。元のお姿にも、今のお姿にも。仮に変身魔法を見破られても、顔を変えて潜んでいたと言えばいい……私は殿下しか知り得ない情報を持っているし……殿下になりすますために生きてきた人間。他人だとは思われない」
それは、たしかにそうだろう。そうでなければ影武者など務まらない。
「ピラセ・ラピは私がクラコ殿下だと思っているから、私がコロネ・ココロとしてソラージルへ向かえば、十中八九死んだとみなされて殿下の捜索も中止されるでしょう。一方でソラージルからすれば、私はナカネ・ミーラーにしか見えない。本物の殿下は、ピラセ・ラピからもソラージルからも解放される」
「そうはならない。私がナカネ少尉の正体を知っている!」
「ソメヤ中尉が、本当はナカネ・ミーラーが殿下なんですーって言ったところで……なんの証拠もないじゃない。よしんば信じられたとして……その頃には殿下は遠くに逃げて、また姿も名前も変えてる。すべてが振り出しに戻る。少なくとも今よりはマシになる」
「っ……」
私が言い返せないでいると、コロネは両手をゆっくりとあげた。何かするのだろうか。魔法は使えないはずだが……その手の先を注視する。
「愛しい殿下。私の命を差し上げます。殿下の……かけがえのない、人生のために」
次の瞬間、ナカネ・ミーラーがコロネの手首を躊躇いなく切り落とした。血が吹き出すかと思われたが、コロネ自身が魔法でそれを止めたようだ。
「ちょ、ちょっと!? 手! やばいって!」
語彙力を失いながらも、今度こそ机を越えて駆け寄ると、ナカネがコロネの手から手錠を引き抜き、その切断面同士をくっつけたところだった。コロネは目を瞑って何やら口承し、なんと……その両手は元通り、くっついた。
「……なに、それ。普通の治癒魔法じゃない……」
「そうよ。ラピ王家とその影武者にしかできない秘伝の魔法」
普通の治癒魔法では……人間の自然回復力以上のことはできない。私はそう習っている。手をつなげるだとか、そういう複雑な医療魔法は、科学技術と組み合わせた様々な手技を伴う高度なものであって……口承ひとつでは到底成し得ない。だというのに……これが、治癒大国、ピラセ・ラピの魔法なのか。
ナカネは忌々しいものを見る目で、コロネの手を見つめる。
「私にはできなかった。どうして、セファなんかが……王家の誰よりも上手く、これをこなすのかしらね」
そして、背を翻して出て行こうと、扉を開けた。
「逃げるなっ……うわっ!?」
止めにかかるが、一瞬でコロネが間合に入ってきた。思わず飛び退く。その間に扉は開き、ナカネは出ていってしまう。
「初々しい反応ね。戦士との戦いは初めて?」
「短剣!? 軍務以外で持ち歩くのは規律違反でしょ!」
「なんで私が軍の規律なんか守らなきゃいけないのよ」
「それもそっか……」
ピグトニャに届きますように、と念じて状況のテレパシーをする。なんでもかんでも忙しいピグトニャ頼みでは申し訳ないが、ここぞという時だけ使っているつもりではある。何がなんでもナカネ・ミーラーは捕まえてもらわなきゃならない。しかし……変身魔法を使われてしまったら、追いかけるのは難しい。やはり今止めに行かないと。
詠唱をしたいが、シンプルに体術で負けている。私は肉体強化と治癒を口承だけでぶつぶつ呟きながら、無理やりに反射速度を高めて必死に避けている。隙が……少しでも隙があれば!
「ソメヤ中尉、わたし、あなたに勝てるとは思っていないの。だけど、あなたの情けを信じているわ」
「どういう……」
「もしこの戦いで私が死んだら、私の言ったシナリオ通りにして。私をソラージル工作員のナカネ・ミーラーとして処刑した、と、ソラージルに通達を出してちょうだい。ピラセ・ラピとショドーには怒られるでしょうけど、まさか殺されたり戦争になったりしないと思うわ。私がいうのもおかしいけれど……クラコ殿下は、あの腐った国では落ちこぼれ扱い。外交問題に発展させるほど重要でもないはずだから」
「何を」
「あなたのその優しさなら……最後のわがままぐらい、聞いてくれるでしょう?」
コロネは薄く笑った。その顔は……初めて会った時に近い、少し皮肉屋っぽい、けれど不快でもなさそうな……そんな顔。
「……殺さないよ。あいにくだけど 私は勇者になると決めてからずっと……人を殺さないで済む魔法を学んできたの」
一か八かだ。口承はタイピングと比べてエネルギーの制御がしづらい……それでも、これさえ決まれば隙が生まれる。
「はじめに神は天地を創造された……」
私に信仰はない。けれど、聖典の言葉を唱えれば、私の意図が魔力素子により伝わるという事実を信じている。それは……神の言葉こそ魔導の本質であり、神の奇跡の模倣こそが魔法だからだ。
「地は形なく! 虚しく! 闇が淵のおもてにあった!」
コロネは口を塞ごうと攻撃してくるが、あらかじめ防御魔法で鉄と見紛うほど硬くしてある左腕で全て防御する。痛覚はある。しかし、問題はない。
「狂ってるわよ……その戦い方……! いくら硬くしてあるとはいえ、刃物に手を差し出すなんて正気じゃない!」
それはお前もだろ、と言いたいが、反応している時間はない。効力は永遠じゃない。詠唱を終えなければ。
「しかし神は言われた──光あれ! 耳のあるものは我が手に満ちよ! いまこそはじまりのとき!」
空いている右手を上に翳す。瞬間、この部屋全てが太陽になったかのように、白く白く輝いた。
「──ビッグバン!」




