人探し
「カナデ様、こちらがお話ししておりました特急魔法使い、ソメヤ・イストゥールです。国際魔法連合軍ピグイタン支部の中尉でもあります」
「は、はじめまして。ソメヤ・イストゥールです」
私が頭を下げると、それを受けたチェレーゼはカナデの方に手を向け、彼女を私に紹介した。
「ソメヤ様、こちらの方はカナデ・ネガダ様。ショドーの大魔導士で、高位な貴族……ネガダ家の次期当主です。私とピグトニャの師匠でもあります」
「師匠……!?」
「ははは、大袈裟だなチェレーゼ君。君たちが留学に来たときに、少し面倒を見てあげただけ……半年程度の付き合いだったんだけどね、あんまり見込みが良いから、私が気に入って……今となっては、私は友と思っているよ」
「勿体無いお言葉です」
チェレーゼがへりくだる様は新鮮だ。
「よろしく、ソメヤ・イストゥールさん。とりあえず、お邪魔してもいいかな?」
「え、ええ。勿論。どうぞ」
さっき整えられていた席まで案内すると、カナデは慣れたように椅子を引いて座った。
「さっき紹介されたとおり、私はカナデ・ネガダという。気軽にカナデと呼んでくれたまえ」
「気軽に呼んではいけませんからね! カナデ様、と呼んでください」
お茶の準備をするチェレーゼの声が響く。
「チェレーゼ君は真面目だねえ。そんなあの子が様付けするってことは……もしかして君も、出身国では爵位を持っていたのかい?」
「い、いえ、全く。私は全くの平民です」
「おや……じゃあ、何か特別な賜物を持っているんだね。どれ、どうだい、私から手ほどきを受けるというのは……」
「カナデ様、その手の冗談はおやめくださいな。本気にしちゃう人もいるんですから」
「ははは、私は本気だけどね」
「まったく、どうだか……」
台所から戻ったチェレーゼは、テキパキとコースターを配る。そこには見慣れない紋様が描かれていて、見ていると何故だか脳内がざわざわとした。つい目を逸らしてしまう。
「ああ……こういったものを見るのは初めてかな?」
「……は、初めてだと思います」
「ふふ……これは保管に優れ、すぐに使える、非常にロジカルかつ芸術的な詠唱法のひとつ……魔法陣さ」
「魔法陣……!」
私は年甲斐もなくテンションを上げてしまった。魔法陣といえば、王道ファンタジーに必須の小道具のひとつ、誰しもが憧れる夢の紋様。ピグイタンでは、魔法自体そんなに日常では使わないし、使ったとしても詠唱法がタイピングなので、正直見た目のかっこよさには欠けている。その点、これはかっこいい。どんな作用かはまるでわからないし、脳もざわつくが。
「慣れてないうちは、異国の詠唱法にぞわぞわするものさ……でも大丈夫、チェレーゼ君とピグトニャ君は、ショドー、ソラージルと2カ国を留学してるし、ソメヤ氏もそのうち慣れる」
「ソラージルにも!?」
「……敵対国ですが、だからこそ逆に交換留学をすることがあって……互いの国の要人を送り合うパフォーマンスです。ここ最近はないですね。そのときの師はアザゼルでした」
「ええ……そりゃ嫌だね」
「ふふ……本当に。優秀な魔法使いですが……気持ち悪いんですよね、あの人」
本当に気持ち悪い男だった。後から聞いたが、彼は優秀な魔導士を囲い込んだり痛ぶったりするのが生き甲斐の変態なのだそうだ。おかげで私に注意が逸れて、あの無様な負けに繋がったらしい。
「アザゼルねえ……まあ、あんな男の話はやめよう。それより、三代詠唱たる筆記術の中でも、最もポピュラーで使いやすい形態たる魔法陣……その美しさを見たまえよ。これからチェレーゼ君が、ここに魔力を流し込む」
「ショドーの魔法茶は面白いですよ。このために透明な茶器を揃えたのです」
「透明な……」
チェレーゼは透明なティーセットの上に按手して、すぅっと息を吸い、吐いた。すると、コースターの魔法陣がぼんやりと光り、中の茶が照らされ、その後、茶葉がふわふわと踊り出した。ポットの中で対流が起き、軽やかに茶葉が舞い上がり、沈む。不思議なことに、ポット表面に波が立つことはない。そして、また元の鎮静へ還った。
「はい、できあがり。上手くできましたかねえ、魔法陣の扱いは久しぶりなので、不安です」
「何を言う、チェレーゼ君は天才魔導士じゃないか」
「カナデ様には敵いませんよ」
そしてカナデは出来上がったお茶を飲み、頷いた。美味しいようだ。
「この魔法茶の効能は、打ち身、リウマチ、肩こり、冷え性なんかでね……」
「温泉か……?」
「まさしく。飲む温泉、飲む薬湯と言って差し支えない。それを目指して作られたものだから。湯船に浸かれない日でも、これを飲んでおくと、まぁいいかな……と思えるんだ」
「本当ですか……?」
ショドーは温泉が有名で、みんな湯船がやたら好きなんですよ、とチェレーゼが教えてくれる。ピグイタンも結構な風呂好き国家のようだが、ショドーはさらに上を行くらしい。私も飲んでみる。効能の程はわからないが、緑茶に似た味がして、確かに美味しい。
「本題に入りましょう。カナデ様、ソメヤ様を同席させているのは……お話しいただいたクエストについて、彼女の力を借りたいと考えているからなのです」
「ふうん。チェレーゼ君が信用していて、かつ有用なら私は拒まないけれど……彼女、星幾つ?」
「五つです。私とピグトニャを除けばこの国最高ランクですし……なにより、特級魔法使いです。天啓も、必ずやお役に立てるかと」
「ほうほう」
カナデは興味深そうに頷いているが、私はあまりついていけず、小声でチェレーゼに問いかける。
「あ、あのさ……特級魔法使いって、たまに聞くけど、なんなの?」
「ああ……国が特別な保護を要すると判断した魔法使いのことをそう呼ぶんですよ。ソメヤ様を長く一人にしたことはないでしょう? 私が入院中はガネットさんが後見人を務めていましたし。そういうことです」
「へー……」
カナデは私をまじまじと見つめてから、タバコのようなものを取り出して、チェレーゼに止められていた。
「相変わらず禁煙か……」
「そりゃそうですよ。それで、どうでしょうか?」
「んー……」
カナデは指を鳴らすと、空間を切り裂いて中に手を突っ込んだ。ゲームのバグみたいな光景にギョッとしていると、「カナデ様の天啓です」とチェレーゼに補足され、余計にギョッとした。
「ああ、ショドーでは高位の者は天啓をも公開すべきって考えでね……根掘り葉掘り聞いてくれても構わないよ」
「ショドーの考えは、良くも悪くも独特で進歩的なんです。驚きますよね」
「だ、だいぶびっくりした……」
「ふふ」
今まで散々、天啓は神との秘め事、神官を通して以外知ることは許されない、などの常識を叩き込まれてきたから、本当に驚いた。どうも自ら天啓を曝け出す文化があるのは、数ある魔法国の中でもショドーぐらいのものらしく、そこには独特の美学があるらしい。
さて、と言って空間の切れ目からカナデが取り出したのは、若い女性の写真だった。おそらく15か6ぐらいではなかろうか。歳に似合わない大人びたドレスを身につけたり、穏やかな微笑みで手を振ったりしている。
「これは……?」
「クラコ・ラピ殿下。ピラセ・ラピ連合国の第4位象徴位継承者……ああ、象徴っていうのは、国家元首に近い概念なんだが……ちょっと違う。まあ、気になったら調べてくれたまえ」
日本でいう天皇みたいなものだろうか。
「それで、そのクラコ……殿下? がどうされたのですか?」
「何年も前に失踪してしまったんだ。今は影武者が代行してるけど……本物を連れ帰って欲しいと、昔から頼まれていてね。どうやらピグイタンにいるらしいと聞いて、探しているんだ」
「なるほど……」
人探しか。何回かクエストでこなしたことはある。できなくはない……が、これと爆破テロ事件の何が関係するのだろう。やはりチェレーゼの勘は勘でしかないのだろうか。そんな考えは、続くカナデの一言に砕かれた。
「ある情報によれば、国際魔法連合軍に所属してるらしいから……ソメヤ氏のクエスト参加は大歓迎さ」




