上官の矜持
「コロネ・ココロ二等兵のことなのですが……実は、班長にしてはどうかという意見が上がっておりまして」
「コロネを!?」
ガネットはこくりと頷く。
「コロネ二等兵が工作員であることは……軍上層部の他は、ピグトニャ様、ソメヤ様、そして私しか知りません」
「うんうん……それで?」
「それ故……扱いが難しいのです。コロネ二等兵は優秀です。今まで、どのように凡人を装っていたのか驚くほど……全てにおいて、洗練されています。正体がバレたので有用性をアピールしてるのか、単に開き直って演技を辞めたのかは不明ですが……とにかく、本来ならさっさと昇進させたい人材です。ですが、当然昇進はありません」
「ふむ……」
「なので、リズ軍曹はじめ……各班長たちが、せめて班長にすることで、実績を作らせてあげたらどうか、と言うのです。それで、ソメヤ中尉が任務からお戻りになられるまで待て、と誤魔化してしまい……」
「なるほどね」
私はピグトニャの言葉を思い出す。コロネにこの先待つのは……ピグイタンに服従するか、死か。どちらかしかないと。
「コロネの懐柔はうまくいってないってことだね?」
「ええ……あらゆる手を試してはいますが、なんとも変わった性格ですから難しくて……。勿論、プライベートの時間も監視下にはありますが……なんか趣味も変だし……報告受けるだけで疲れるっていうか……。一応、ソラージル本国との連絡は絶っているようです」
ガネットは、疲れた顔でため息をつく。確かに、コロネは変わっている。工作員なのは関係なく、多分、元々変わっている。
「ひとりで無理させてごめんね、ガネット。もう用事は片付いたから」
「いえ……チェレーゼ神官様の体調が回復されて、よかったです。ピグトニャ様から、襲撃してきた犯人も捕まったし心配はいらない、と聞いています。それにしても神殿は秘密主義ですね……ただの体調不良で押し通すなんて」
「あはは……」
確かに捕まった。捕まってはいる。詐欺と脱獄の罪でだが。
今回ガネットには、チェレーゼを襲撃した犯人を捕まえるための秘密作戦を行うから、その間なんとか軍を回してくれ、とお願いしていた。大きく見れば間違ってはいないが、実際にはチェレーゼが自傷して入院したのだとか、襲撃の実行犯は義弟のオリバーであるとか、ヴェーラという第二の人格がいるとか、そういうことは話していない。
あまり深掘りされても困るので、私は強引に話題を戻した。
「それよりガネット……コロネのことだけど、実はこっちも気になることがあってさ」
「なんでしょうか?」
「実は……」
私はオリバーから聞いた話をかいつまんで伝える。セクレタの解放を求める爆破テロについて、何か心当たりはあるか、監視しているコロネが関わっていそうな様子はなかったか……そんなことを。
「……いいえ、コロネ二等兵は、直接の関係者ではないと思います。彼女は通信機器もこちらから貸与したものしか持っていませんし、部屋も多人数。監視を潜り抜けるのは不可能です」
「んー……そしたら……コロネ以外に誰か怪しい人がいるってことだよね。彼が捕まって、王都中央拘置所にいると知る誰か……工作員は手紙も出せないし、収容箇所も秘匿されている。セクレタは表向き退職者な訳で……。彼が拘置所にいることを知るには、同じ受刑者がコンタクトを取るか、元々その運命を知っていた者が推測するか、刑務官や弁護士が情報を漏らすか。それぐらいしかなさそうだけど」
「そうですね……」
ガネットは顎に触れ、考え込むように目線を下げた。しばらく経ってから、また私の顔へと目線を戻す。
「いろんなパターンが考えられますが……最も可能性が高いのは、コロネの他にも内部に工作員がいたパターン……セクレタ、コロネ、その他の誰か……というチームで動いていた可能性ではないでしょうか。王都中央拘置所を狙ったのは多分賭け……本当にいればそれでよし、いなくても脅しになればよし。セクレタにチャチャっと吐いてもらいましょう。コロネよりは扱いやすい男ですから」
「んー、そだね……。ねえ、これさあ、私に任せてもらえないかな。上の人怒ると思う?」
「ええ? 怒るかは上層部に聞かないとわかりませんが……えっと……何故?」
「んー……シンプルな話でさ……」
私は所在なく人差し指で髪を弄びながら、目を逸らして答える。
「コロネが巻き込まれて……私の預かり知らぬところで、やっぱ処刑! とかなったら嫌だから。部下のことは守らなきゃ。もしあの子が殺されるのならば……」
髪の毛から手を離し、視線を自身の掌に向け、ぐっと握りしめる。
「この手も関与していなければ」
ガネットはそんな私の様子を見て、呆れたようにため息をついた。
「……お言葉ですが……私は、コロネ二等兵に対して、そこまで情を抱けません」
「……ガネット?」
「いいじゃありませんか……工作員一人、救えなくたって。実は前々から思っていたのです。良い機会ですから、はっきり言います……コロネ・ココロという爆弾を大事に抱え込むよりも、私たちの多国籍隊を、安定運用させませんか。コロネ二等兵は事情聴取のため隔離……そして、本来受けるべきだった、然るべき処置を受ける。懐柔できないのだから、致し方なし。これで班長にするしないなんて問題も解決。それでは……いけませんか?」
……良くない。良くないが、理があるのはガネットの方だ。私は答えない。ガネットは主君に対しても怯まずに、よく通る声で、はきはきと主張する。
「多国籍隊の皆は……ソラージルの裏切り者です。コロネ二等兵からすれば……ソラージルへの忠誠を示す、これ以上ない捧げ物になります。そうはさせたくありません。……勇者に救われた者たちが、後で不幸になるなんてこと……決して、あってはなりません」
意志の強さを示す眼差しが、私に深く突き刺さる。私の脳を刺激して、瞼をかっと開かせるような刺激。私に必要なもの……大きな責任、困難な課題。
そうだ。勇者に救われた者が後で不幸になるなんてことは……あってはならない。それは大人数であれ、たった一人であれ、同じことだ。
「……ガネット。悪いけど、コロネのことはまだ諦めない。あなたの言うことは正しくて理がある。だけど……勇者は理を追う者では無いから。あなたは理性でもって、私に忠誠を誓ったわけではないでしょ?」
私は席を立つが、ガネットは動けずに震え出す。そんな彼女を背後から抱きしめる。
「申し訳、ございませ……」
「ううん。むしろ助かる。これからも意見はどんどん言ってね。ガネットが正しいことを言えば言うほど、それを上回らなければいけなくなる……それが私の力になるの」
「……ソメヤ様……」
「大丈夫大丈夫! 私、勇者だから! 全部が終わったら、コロネのことは班長にして、うちのジムから講師呼んでタイピング講座して、あと歓迎会もやろ! なんだかんだできてないし」
「……そうですね。わかりました……協力できることは何なりと。仰せのままに」
ガネットの頭を撫でてやりながら、さっきまで一緒にタイピングしていたみんなを思い出す。せっかく助けられた命。私の手で拾ってきた命。最後まで責任を負わなければならない命。
私が、この平穏を……永遠に……しなければ。




