ギフト
「はぁ〜……話した話した……満足したわ、俺。満足した」
オリバーはわざとらしくそういうと、ソファにどっかり座って、やはりわざとらしく深呼吸した。
「……教えて。何がどうなった?」
ついにこの時が来てしまった……空気がぴんと張りつめ、まるで寒い日のように、肌がつっぱる感じがする。
「……私が話す」
「いや、ソメヤ、ここは……」
「私が話す! 私がたてた作戦だから……!」
ピグトニャはオリバーと和解したばかりなのだ。ここの絆を壊してはいけない。ここの絆さえ保てれば……イグノジー家は、再建可能かもしれない。けれど、ここが決壊してしまえば、永遠に……家族の絆は戻らないだろう。ちょうどこの部屋にある壊れた聖像が、二度とは立ち上がれないように。
「……わかった」
ピグトニャを頷かせ、私も深呼吸をする。そして、オリバーに語った。あなたが意識を失った後は、ヴェーラがあなたを乗っ取っていたこと。協力してもらえそうにないから、何日も地下牢で拘束していたこと。だからしばらくは体を労り、無理をしないほうが良いということ。拘束中、人形に入らないか幾度となく説得したが、ヴェーラは首を縦に振らなかったこと。そのため、ヴェーラを永遠に葬り去るべく……私の固有応用魔法で、ユーシャと二人きりの精神世界に閉じ込めたということ。彼女はあなたではなくて、ユーシャを愛していたのだということ。そしておそらく、永遠に帰らず、二度とあなたの前に現れることはない……そういうことを。
オリバーは黙り込んでいた。しばらくそうしていたかと思うと、ゆらりと立ち上がり、私へ向かってきた。ピグトニャが止めようとするが、そのピグトニャを私が止める。彼は私を押し倒し、首にゆっくり手を伸ばした。
「……」
その手は震えている。彼の涙が、雨のように、私に降りかかる。
「……ソメヤちゃんのこと……殺さなきゃ……」
蚊の鳴くような声。あのときとは違う……彼からは殺意を感じない。あるのはただ、絶望のみ。なんの行動のエネルギーにもならない、深い深い、虚無的な闇。
「……私が決めた。私が二人を説得した。私が、あなたの大切な人を、遠くに追いやった。……でも」
「……でも?」
彼の手にほとんど力は入っていないが、多少重力がかかって、喉仏が押されて苦しい。喋りにくい。それでも私は、語りかけなきゃいけない。
「……幸せだと思う……ヴェーラは。この先永遠にかはわからない……けど……少なくとも、最後に見た姿は……これ以上ないほどに、幸せそうだった。確かに残酷な仕打ちをしたと思う……でも、もっとやればよかったとも思うの……」
「……」
「……もっと……アイツの精神をぶっ壊して……苦しみ抜かせる方法もきっとあった……でもやめた……その理由は、ヴェーラへの同情や、倫理観だけじゃない……」
首にかかる力が、若干和らいだ。話を聞こうとしてくれているのだろう。私は伝えなければならない……あなたがヴェーラにあげられた、最後の贈り物について。
「オリバーが……幸せに生きて、って……ヴェーラに言ったから、そうした。あなたがヴェーラを、助けたの」
「……」
塩の味がする。私の目の淵からも、涙が流れるのを感じる。これはなんの涙だろう。同情か、それとも、失ったヴェーラへの感情の残滓か。
「……あああっ……」
オリバーは私の首から手を離し、ほとんど倒れるようにして潰れ、床を殴りつけた。私は彼の重さで眩暈がしていたが、構わずに背中を撫でてやった。
苦しい……苦しい戦いだった。何も生まない、不毛な、小競り合い。私たちにとって、それはここ数ヶ月の出来事にすぎないけれど……オリバーとヴェーラにとっては、14年もかけた、戦争だったのだ。
「助けられてねえよ……! なんにも……! なんにも……してやれなかった……!」
「……」
「ヴェーラは俺をッ……助けて……助けてくれたのに……仲間をくれてッ……」
彼はついに起き上がる。
「幸せな夢まで……見せてくれて……」
そうしてソファに戻ると、ピグトニャからもらったタオルで顔を拭き、ティッシュで鼻をかんだ。私もティッシュで彼のだか自分のだかわからない涙を拭く。しばらく彼は泣き続けた。ひっ、ひっ、と短く息を吸う音の間隔が広がり、落ち着いてきた頃合いで、彼はタオルから顔を離した。
「……そっかぁ、これが、失恋かァ……」
ピグトニャも隣に座り、ぽんぽんと背中を叩いてやっている。
「……そうだな、失恋だ。選ばれなかった者同士……話ぐらいは、いつでも聞いてやる」
「……え?」
ピグトニャは、あっ、という顔をして、その後さっと青ざめた。ピグトニャは正確には『選ばれなかった者』ではないと思うが、ユーシャの倒れたあの日から、真実を知るほんの数日前まではそうだった。その自意識が、オリバーへの同情からか、ぽろっと漏れ出てしまったのだ。
「……ちょいちょいちょい、俺の知らないうちになんかあったの!? 教えろよ〜!」
「……言わない。絶対言わない」
「俺の話は散々聞いといて!?」
「おまえが勝手に話したんだろうが……!」
ふたりのじゃれあいをみて、私は今度こそ、はっきり理由のわかる涙が出てきた。オリバーはなんとか持ち堪えたのだ。人生の半分以上を費やしてきた人を失ったショックを、私を殺すか殺さないか、そんなギリギリのところで、堪えてみせたのだ。それに対する感動と安堵が、頭蓋骨の中を渦巻いて、熱を発し、こぼれ落ちた。
「おい、ソメヤ、どうした……」
「も、もしかして怖かった!? そりゃ怖えか。男に押し倒されて首絞められたらなァ。ごめん、もうしねえから! 俺もう……もう……大丈夫……じゃ、ねえけど……」
大丈夫、と言おうとすると、涙が出てきてしまうらしい。きっとしばらくはそれが続くだろう。それでも、それでも、と立ち上がる。それが人生において、どれだけ大切か。
「……ううん……オリバーは、偉いなぁと思って……」
「えっなんで!? 殺しかけたのに!?」
「……ふっ、はは、そうだね。そうだけどさ……根は悪いヤツじゃないんだね。ピグトニャが言ってたこと、やっとわかってきたよ」
オリバーはきょとんとして、隣のピグトニャの方を向く。
「……俺のこと、そんなふうに褒めてたの?」
「事実だろ」
「……そっ、かぁ」
「家族だから。姉さんにも、きっといつかわかってもらう」
「……俺はチェレーゼのこと、嫌いだけど」
「逆も然り」
オリバーはしばらく考え込んで、泣きそうな、けれど明るい声で、「すぐには無理かも!」と言った。ピグトニャは優しい声で返す。
「何年かかってもいいよ……どうせおまえ、刑務所に行くんだし」
その言葉でオリバーの動きはピタッと固まり、目を大きく開き、呼吸が浅くなり、急いで立ち上がった。そして、病室で見せたあの鮮やかな土下座を繰り返し、私たちに慈悲を乞うた。「今すぐ全部許します!」とまで言ってのけた。絶対嘘だ。私は思わず笑い出し、ピグトニャも苦笑した。有利な証言をしてやるのはやぶさかではないが、なんにせよ、犯した罪は償わねばならない。私たちへの襲撃はよくても、前科の詐欺についてはきちんと裁かれないと。そう、罪に対しては罰が必要だ。であれば……。
ここで私は、しばらくフリーズした。
……私の犯した罪は……誰が裁いてくれるのだろう?




