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最後は軽い話を

 私の分まで水を運んできてくれたピグトニャは、ハンドタオルを用意していて、「そんなことだろうと思った」とオリバーに投げ渡していた。素晴らしい読みだ。


「俺、振られちゃったあ……俺がもっと愛されてたら上手くいったのに……」

「……それはヴェーラが悪い。あんな女忘れろ」

「うーっ、うーっ、簡単に言うけどさぁッ……俺にとっては初めての女の子で……ずっとそうだったの! 俺は浮気もしたことないしッ……ヴェーラ一筋でえ……」

「……」


 あんまりにもかわいそうだ。


「説明の前にさァ……俺の恋バナ聞いてくんない……? 悪い予感する……俺……ふたりにさ……一旦恋バナしたい。一旦馴れ初めとか聞いてほしい」


 悪寒がした。『ソメヤちゃんのこと、殺すから』、そう言い放った彼の、鋭い殺意がよぎった。きっと彼は察しているのだろう……良い結果にはならなかったことを。だから、この友情を引き延ばすために……こんなことを言っている。その様子はいじらしく、悲しい。だが、ピグトニャは少々困惑している。


「そ、そんなにしたいのか? 恋バナ……」

「ピグトニャは恋バナとかしねーの?」

「……しない……」


 そりゃ相手が相手(実姉)だから、できるわけがない。でも、私にならできるんじゃないだろうか。サシ飲みで酔わせたら聞けないかな。


「ねえ、頼むよ、結構マジで」

「……まあ、オリバーがそうしたいなら、聞いてやるよ。なんでも」

「うん、私も。聞かせてほしいな」

「……お〜し、なら俺らの出逢いから語っちまうかァ! 大恋愛すぎて涙ちょちょぎれるぜ」


 努めて明るく振る舞っているが、内心相当きついのだろう。いつもとくらべて、覇気がない。それでも彼は語り始めた。


「6歳の頃だったかなァ。クソジジイ……あ、エイリムのことね。クソジジイからチェレーゼの実験台になれって言われて、しばらくたったある日の夜中。俺の部屋……当時はここじゃなかったんだけど、一人部屋ではあってさ……そこにチェレーゼが来たんだよ。なんの用? って聞いたら、自分はチェレーゼじゃない、自分は本当の人格、仮にヴェーラって呼ばれてる……そう名乗ってきて。


 そんで、チェレーゼの固有魔法がどんなもので、この実験はなんなのか、細かく教えてくれたんだよ。実際俺、何されてんのかよくわかってなかったし。チェレーゼに聞いても『目的は知らない』とか言いやがるし。でも、チェレーゼの実験で死亡者も出てるって聞いて……俺すっかり怖くなってさ。ただ、そのときはヴェーラの言うことにも半信半疑で……混乱して、次の日の実験中に逃げたんだよな。したらチェレーゼが<ハンティング>を全力で使って止めてきやがって、危うく死にかけたの。ピグトニャ、覚えてるか?」


 ピグトニャは目を細めて答える。良い思い出ではないだろうが、懐かしさがあるのだろう。


「覚えてるよ。確かおまえが、立入禁止の場所まで逃げ込もうとして……それをとっさに止めたんだ。しばらく目覚めなくて、姉さんは、私のせいだ……って顔面蒼白だった。俺も何もできなくて、とりあえず祈りの部屋に篭ってたな」


 オリバーは嬉しそうに笑った。


「あんとき祈ってくれてたのかよ。ありがてえぜ。そんときに知れてりゃなァ……まあいいや。とにかくさぁ、それでクソジジイが言ったことがすげーの! 俺が意識を取り戻しかけてたときにさ……『パパ、オリバーは起きますよね? これしか、思いつかなくて。どう謝れば……』とか言ってるチェレーゼの声が聞こえてきてさ。で、なんか心配してくれてるし、許してやるかーて思ってたわけよ。したらクソジジイが、『大丈夫だよ、チェレーゼ。でも……どうせこうなるなら、観測装置の前でやってくれればよかったのに……』って! ヤバくねェ!? しかも寝てる間もデータ取られてたし!」

「それは、ヤバいな……」

「ドン引きだわ……」


 エイリムはマッドサイエンティストすぎる。博愛の人とは本当なのだろうか。


「でしょ!? そんで……チェレーゼはそれを聞いても実験やめないし、俺も怖くなって……それを慰めてくれたのが、ヴェーラだったわけ! 俺を助けてあげるって言ってくれて……実際、時間はかかったけど、家出とかの手引きは全部ヴェーラがしてくれた。代わりにこちらも助けて欲しいって言われて、俺は頷いた。そしたら、『オリバー、私が体を取り返したら、きっと二人で暮らそうね』って言ってくれて。そんでファーストキスしたの。それから俺は、ヴェーラの体を取り戻すために超頑張ったわけよ。何を頑張ったかも語りたいけど、24時間かかるからやめとくわ」

「……姉さんの体でファーストキスか……それでまんまと骨抜きにされたと……」

「うげっ、別人だろ別人! やめろよなお前マジで、チェレーゼとしてるの想像しちまうだろうが! 萎えるわ」


 あまりにも特殊な関係すぎる。地球に帰ったら、絶対こんな恋バナは聞けないだろうな。


「……はぁ……なんでなのかなぁ。何がダメだったんだろ、結構尽くしてきたつもりなのに。俺がガキすぎたとか? 9歳差だしなぁ。ヴェーラって、実は最初から、俺のこと好きじゃなかったのかもって……薄々思ってたんだよ。だって、20歳と29歳ならまだしも、6歳と15歳ってド変態すぎるし」

「……そうだな……」

「うん……6歳はちょっとね……」


 私たちも流石にフォローできず、頷き返すしかない。二人の関係はかなりインモラルだ。義理とはいえきょうだい、かつ9歳差、しかも子どもの頃からの関係となると、義姉による性的虐待と言われても文句は言えない。ただ、ヴェーラは精神年齢が幼いので、実際は釣り合いが取れていたのかもしれない。


「……俺がもっといい男だったらなァ。強さが足りなかった? タイピング遅かった? それとも他の何か? ……何があったら良かったんだ?」


 タイピングの速さはやっぱり大事なのか。地球だとあまりにありえない基準だ。ちなみにオリバーの速さはS1、ピグトニャと同じで、決して遅くはない。ただ、恋敵であるユーシャはX(イクス)、人類未到の地に足を踏み入れた男だから、それと比べると、やっぱり遅いかもしれない。彼のぼやきはまだ続く。


「それかピグトニャみたいにイケメンで、髪もサラサラで、身長もスラッと高かったら違ったかなァ」

「……実は俺、身長がすごく高いわけじゃない。176cm」


 この告白に、私たちはおおいに驚いた。


「えっ嘘!? 182ぐらいあると思ってた!」

「俺もそう思ってた! は!? どういうカラクリ!? ちょっと立て」


 ピグトニャは、言われるがまま壁際に立つ。私たちはそれをジロジロ見つめ、身長についてよく考えた。


「わかった! 頭身が高いんだ。小顔だし頭も小さいから、身長が高く見える」

「あと足も長い! ずりいな!」


 私たちの分析に、ピグトニャはただただ困惑し、言葉を選んで返答する。


「……えっと……あ、ありがとう……?」


 私とオリバーはこのとき、骨格勝ち組への嫉妬心による、固い絆で結ばれた。

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