夢だったら
「……なんとも、ユーシャらしい……。きっとその分霊は……ヴェーラを愛してくれるでしょうね。今の私と、そっくりそのまま同じです。今、目の前にいる人を愛するために、去った人への愛を過去にする。とりわけ、私のこの愛なんか、つい最近まで忘れ去っていたぐらい、昔のものですから。あの聡明なユーシャもそうしているなら、やはり、これが正しいのでしょう」
そうやってチェレーゼは語りながら、便箋を引き摺り出し、読み始めた。邪魔することもできないので、私たちは動かずにじっとしている。ピグトニャのことが心配で、ちらりと視線を送ったが、彼の顔は随分穏やかだった。分霊とはいえ、ユーシャがチェレーゼへの恋を過去にしたことと、プロポーズに応えたのが、チェレーゼでなくヴェーラだったと知ったことが、彼に余裕を生み出したのだろう。
「……ふふ。なんというか……こんなに想われていたなんて。『これを読んでいるということは、僕は死んでいるわけだから、天の国へのはなむけとして、墓石にキスをしてくれないか。たった一度でいい』……ですって。しませんよ」
「ロマンチックじゃん。墓石にぐらいしてあげてもいいんじゃない? まあ実際は死んでないけど、死んでたら」
「嫌です。墓石にキスをするだなんて、そんなの……普通のキスよりずっと、真実の恋のためのキスだと思いません?」
私は思わず笑った。確かにそのとおりだ。
「……うう……」
「あら、オリバーが起きたみたいですね」
「寝かせとく?」
「いえ……もういいでしょう。こっちのやるべきことは済みました。事情を説明してやらないと……ピグトニャ、任せていいですか? 私はそろそろ職場に連絡を入れなければいけないので」
「逃げたいなら逃げたいって言えばいいのに。俺は怒らないよ」
「む。確かにオリバーといるのが気まずいのはそうなんですけど……でも、そろそろ仕事がまずいのも事実です」
「俺もまずいよ……ソメヤも」
「多国籍隊、ほんのちょっとしか顔出せてないからなぁ〜……」
「……とにかく、頼みました!」
チェレーゼは颯爽と部屋から出ていく。
「……逃げたな……」
「逃げたね……」
「まあ、賢明だ……ふたりが会うのは、今じゃなくていい」
オリバーはゆっくり体を起こし、あくびをしてからソファまでやってくる。
「あれ……ねえ俺、ずっと寝てたの? ヴェーラは? なんか1回起きなかった? 夢かなあ」
「あー……そのことなんだが……一部始終を説明するから、落ち着いて聞いてくれるか。というか、喉とか乾いてないか? おまえ、実は結構酷い目にあってたんだぞ。まずはなんか飲め」
「んー……言われてみれば喉乾いた……」
「水持ってくるから」
そうしてピグトニャも部屋を出て、私たちは二人きりになる。
「ソメヤちゃん……俺、失敗しちゃった?」
「……ううん。誰の失敗とかじゃないよ。私たちの元の作戦が……あまりにも、ヴェーラの希望にそぐわなかっただけ」
「……そっか……やっぱ、あれ、夢じゃないかー……」
思い出されるのは、病室での最後の場面だ。ヴェーラに拒否されたオリバーが、どうせ見捨てられるなら、最後に聞く自分の言葉は良いものであってほしいと、必死に叫んでいた声。
『ね、ねえヴェーラ! ごめん! 変なこと言ってごめん! ヴェーラが俺を見捨てるとしても、俺こんな最後嫌だ……! 最後に聞いてもらう言葉が喧嘩なの嫌だ! だから、だから俺の声聞いて!』
『好き! 大好き! 愛してる! 俺に声かけてくれてありがとう! 俺を助けてくれてありがとう! 俺に夢見せてくれてありがとう! えーとえーと、あと、それから……』
『幸せに生きて!』
オリバーは泣きだし、腕でそれを拭う。
「夢だったらよかったなあ……」
その姿を見て、私の中に明確に、ヴェーラへの苛立ちと憤りが燃え上がるのを感じた。今までなら、彼の境遇への同情しかなかったはずなのに。感情という不定形なものさえ贈与できる魔法、<敗北者は幸い>……よく考えると、エイリムが固執していた、『チェレーゼの天啓の完成』に酷似している。このことも、後々考えた方がいいかもしれない。




