誘惑の蛇
「……は?」
ヴェーラは目をきょとんとさせる。その顔は、オリバーがしばしば見せていた顔そっくりで、私はなんだか見ていられず、目を逸らした。ヴェーラを愛するのは私、オリバーを愛するのはピグトニャ……そう役割分担したはずなのに、私はどちらも中途半端に愛し、中途半端に嫌悪している。そんな自分が嫌になる。
ピグトニャは私のことは気にせず、事前の打ち合わせ通り、説明を続けた。
「このソメヤ・イストゥールという女……単なる天才ではない。こいつの天啓を使えば、おまえとユーシャが会うのは不可能じゃない」
「……え?」
ヴェーラの声は、何か嬉しい驚きがあった時のオリバーの声と同じだった。何をしてても、当たり前だが、オリバーにそっくりなのだ。胸がチクチクする。
正直オリバーのことはまだ苦手な部分もあった……けれど、それなりに友情も築いてしまった。逆にヴェーラに対しては……同情心が薄れてしまった。もちろんつらい人生だっただろうと思うし、心から回心を願い祈っている。こんな姿で拘束しておいておかしいが、雑談を楽しむときもある。チェレーゼより幼い、少女のような可憐さに、憐れみを禁じ得ないことは多い。しかし、オリバーをはじめとする配下の者たちへの扱いを聞くと、同情してばかりではいられない。
ヴェーラとオリバーはどこか似ている。宥めすかし、手懐けようとすれば、容赦なくその手を噛みちぎる。ふざけるなと憤り、殴りつけると、こちらを嘲るように笑う。調子を崩してやると、素直になる瞬間もあるが、瞬きした後には、また心を閉ざしている。
彼らの違うのは、オリバーにはピグトニャや『仲間』、なによりヴェーラがいたが、ヴェーラは真に孤独であったということだ。オリバーもその仲間も手駒でしかなく、第二人格だったはずのチェレーゼには忘れ去られ、当然家族も何もない。ただ、幼い頃に好きだったユーシャを追いかけ続ける……それぐらいしか、彼女には無かった。体を手に入れてからでないと、何も始まりはしないのだ。
『ねえ、どうしてそんなにユーシャが好きなの?』
極々シンプルな、恋バナの基本のきみたいな質問。あのとき、彼女は一瞬、少女を飛び越えて幼女へ還った。話し方まで舌足らずになり、呆然とどこかを見つめていた。
『……しょーらいけっこんしよーね、って、ゆったから……』
理由になってはいなかった。何も。だからこそ彼女の想いは、尽きることを知らないのかもしれない。小さな小さな子ども同士の、普通忘れるような、無意味な約束事。それが楔石となり、恋心を彼女に縫い止める。
そんな私の葛藤をよそに、作戦は淡々と進んでゆく。そうだ……作戦を全うしなければ。彼女が人形ゴーレムに入ることに納得してくれない以上……これが、全員のためになる……一番、マシな策のはずだ。
「こいつは目の前の人間の、分霊を作ることができる固有応用魔法……<霊界の読者>を持っている。分霊と、その分霊の支配下にある精神空間を同時に作り、そこに入るって作用だ。そして、おまえの固有魔法、<ハイジャック>だが……乗り移った相手の天啓が使えるんだろう?」
「……ええ、そうだけど。まさか、使わせてくれるってわけ?」
「そのまさかだ。おまえにソメヤを貸してやる。ユーシャに<霊界の読者>を使い……本人と直接話してこい。一生そこにいてもいいぞ」
ヴェーラは長考する。あまりに都合の良すぎる話だから、罠が隠れている可能性を考えているのだろう。
「……それをしたら、あなたたちは何が嬉しいの? まず、私が人を乗っ取るには、一旦チェレーゼに帰らなきゃいけないし……帰ってほしくないから、こんなふうに閉じ込めてるんじゃないの?」
「そうだな。正直おまえが姉さんの体に入るのは許せん。だが、オリバーの体をこうして拘束し続けるのも、心が痛む」
「……はっ、その優しさ、もっと昔から出してあげてたらよかったんじゃない?」
ピグトニャはその煽りを無視した。
「それに……おまえはこの誘惑に抗えない。たとえ姉さんの体に戻っても、絶対に、ソメヤに<ハンティング>を試すし……そのあと、<霊界の読者>を使う」
「……何を根拠に」
「絶対に試す」
「どうしてそんなに自信が」
「絶対だ」
ピグトニャは念押しした。
「絶対にそうなる。そうすれば、その瞬間は……オリバーも姉さんも解放される。それだけで、十分なメリットだ」
その気迫に、ヴェーラは顔を歪ませる。絶対、絶対と。この男は何を根拠に言っている? そんな苛立ちが感じられる。
「……私をそこまでアホだと思わないで」
「乗らないならそれでもいい。一生地下暮らしになるだけだ」
「乗らないとは言ってないでしょ……! 私の体を返してもらえるんだから」
「そうか。じゃあ交渉成立だな」
その発言を皮切りに、チェレーゼはヴェーラの拘束を解き、代わりに手錠と腰縄をつけた。これで彼女は、逃げられこそしないものの、自由に歩けるようになったわけだ。
「行くぞ……ユーシャの部屋に」




