提案
「ヴェーラ、ご飯ですよ。食べてくださいね」
「……」
「はぁ〜またイヤイヤ期ですか? 自殺を狙っても無駄って言ったでしょう」
今のヴェーラは、神官用宿舎地下牢にて……四肢を拘束され、過ごしている。手足を解放できるのは、誰かの監視下においてのみ。オリバーの体で自殺して、チェレーゼの体内へ戻る……その最悪のシナリオを防ぐためだ。チェレーゼはオリバーの体に一番愛着がなく、拘束も看護も手慣れているので、休職を延長してヴェーラのお世話係となった。私なら躊躇ってしまうことも、彼女は難なくこなしてしまう。
「はーい、チューブを入れますよ」
「やだ!」
「嫌なら手で食べてください。ほら」
寝転がったまま、左手のみ解放されたヴェーラは、イライラしながら渡されたパンを齧る。チェレーゼはどこか慈しみに満ちた目でそれを見つめ、彼女が必要な栄養素とカロリーを摂り終えたのを見ると、今回の食事を終わらせた。
「じゃあソメヤ様、始めましょう」
「……そうだね」
そうして食後、私たちはヴェーラへの尋問、もとい交渉を始める。私の<リーダビリティ>で、読めるところまでは読んだ。彼女の目的……二つの箱がなんなのか、今まで何をしていたのかも、全て。
「改めて事実確認するよ。あなたはハムストリの箱を解放し……そこに触れるつもりだった。そして……クラッチの箱、ハムストリの箱に溜まった魔力を吐き出すことのできる箱から……霊体、つまり魔力の塊である自分が自我を保った状態で吐き出され、亡骸となったチェレーゼの体に帰り、同時に持ち帰った膨大な魔力によって肉体を蘇生、それにより完全に体を自分のものにすることを考えた。もう何年も前に」
「……」
「クラッチの箱はあなたが考案し、チェレーゼの権限を利用して、研究チームに作らせたもの。二つの箱は外部委託できるけど……あなたの計画には、死術をはじめとした、違法性が高く、外部委託できない魔法も必要で……その研究には、絶望的に、時間も資金も実験台も、足りなかった」
「……」
「資金と実験台はオリバーやその辺のごろつきを使って違法に集め、時間も頃合いを見てオリバーの体を乗っ取ることで解決しようとしていたけれど……そこに私……勇者候補、ソメヤ・イストゥールという、もっといい駒が現れた」
「……」
「そもそも、エイリムの息子とはいえ、家族や世間からの信頼がないオリバーの体は、乗っ取ったとしてそのままは使えない。常に変身魔法を使って他人を装う必要がある……けれど、あなたはオリバーと違って変身魔法の天才ではない。そんな無茶をするよりは、私の地位が高まってきた頃に私を乗っ取る方が、動きやすい。だからあなたは、無理にでも私を手に入れようと考えた」
「……」
「その計画が杜撰に過ぎたのは……単に思慮が浅いのに加え、オリバーが鬱陶しくなっていたから。2年前の時点で、あなたはオリバーの献身により、目の前のやるべきことに対しては十分なお金を手に入れていた……そこで丁度よく警察に尻尾を掴まれ……いいや、尻尾を掴ませたあなたは、オリバーと別れるため、彼を刑務所に送り込んだ。確実に得られる時間よりも、不快な男と縁を切ることを望んだ。あなたは目の前の不快感や報酬に弱いタイプだし、すこし楽観的。代わりの素材もどこかで見つかると思ってた……まあ、本当に私という代替品がいたわけだね。運が良いのか悪いのか」
「……」
「嘘の恋愛を終えてゆっくりできると思ってたのに、彼が脱獄なんかしてきたから……あなたは苛立っていた。今度こそ言い逃れできないような罪を犯させ、追加で刑に服してもらいたかった。そのために、失敗しても構わないというつもりで、私の強奪という無茶な命令をした。ピグトニャの腕を取ってこいとかも、本気じゃない。そこまでさせれば彼は帰れないと踏んだだけ。確認以上」
事務的な読み上げを終えた私に、ヴェーラは苛立たしげに呟く。
「……そうよ。何回確かめるの?」
何回でもだ。あなたの心に、あなたの犯した罪が染みつき、反省の火口になるように。そう思っていた……が、それも今日で終わりだ。終わってしまう。私の計画により、私が終わらせるのだ。彼女の囚人生活を。反省の機会を……奪ってしまう。
「……ちなみに、今日で忠告、説得は最後にする。だから……心して聞いて欲しい」
「最後……? どういうこと?」
「それは後で。とにかく、これで最後。言うことはいつもと同じかもしれない……けれど、よく考えて、答えて欲しい」
ヴェーラは困惑しながらも、四肢を拘束された姿勢のまま、私を牢屋越しに見つめる。その目は冷たい。その反応を見るチェレーゼも物憂げだ。
「……じゃあ、続けるね。確かめるたびに思うけど、そもそも最初の作戦さ、普通に死ぬ可能性も高くない?」
「別に、死ぬなら死ぬでいいわ。これ以外に名無しを確実に殺し、かつ私が体を取り戻す方法が、今のところ思い付いてないだけ。これも話したとおり、気持ちは変わってない」
「死ぬのはよくないよ。オリバーが言ったとおり、私の作る人形に入ろう? 魔力の問題はどうにかするし……それが一番賢いって。チェレーゼそっくりな顔は無理だけど、第二の顔そっくりになら作ってあげる。それでオリバーとも仲直りしなよ」
「嫌よ。意味がないじゃない、ユーシャに愛された姿じゃないと。それに、名無しが生き残るのも許せない。私の人生を奪ったのだから、名無しも奪われるべきよ」
「そうは言ってもさ……ユーシャは起きないし、チェレーゼはしぶといよ。知ってる計画で死ぬわけない……新たに考え直さなきゃならない。そんなことできる? そろそろ、自分には掌握しきれない壮大な計画にも、嘘の恋愛にも、疲れてたんでしょ? 楽になりなよ」
「嫌」
ここまでのやり取りは、捕まえてからというもの毎日繰り返されている。ちなみにオリバーの裁判については、チェレーゼとピグトニャが急病ゆえの延期を求め、なんやかんやで長期の停止をもぎ取ってきた。おかげでヴェーラを拘束していても問題ない。頼れる権力者たちだが、権力が強すぎてピグイタンのことが心配になる。
「……今日も意見は変わらないということだね。最後に聞くよ、本当に変わらない?」
「……毎日同じ質問をして、なんの意味があるの? 折れないわよ、私は。何年耐えたと思ってるの? 耐えて耐えて耐えて……その先に活路を見出すの」
「そうだね。ヴェーラの性格は十分わかった……だから、今日は、趣向を変えようと思う」
私の悲しみが伝わっているのかいないのか、ヴェーラは怪訝な顔をした。そして、コツコツと、冷たい石の階段を降りる足音があたりに響き渡る。現れたのは……。
「……久しぶりだな、ヴェーラ」
ピグトニャである。あまりにもヴェーラに怒っていて危なっかしいので接近禁止令を出していたが、今日、解放した。この地下牢で魔法は使えない。つまり、今の彼の冷静さは、彼の努力に他ならない。ヴェーラはピグトニャに興味がないのか、何の反応もしない。が、ピグトニャは声をかける。
「……ヴェーラ。ひとつ聞いていいか」
「何?」
「おまえはユーシャが好きなんだよな?」
「……ええ。好きよ。愛してる。そして彼に愛されるのは……名無しじゃなくて、私であるはずだった!」
「そうか」
「……なによ、なんか素直で怖いわね……アンタそういう性格だったっけ?」
ピグトニャは努めて落ち着き払い、問いかけには答えない。どこからか椅子を持ってきて、牢の前に座り込む。
「それならば……ユーシャに会って、話したくはないか?」




