二つの箱
「ねえヴェーラ、俺何したらいい? 指示するには時間が足りないなら、俺の頭に来てよ。このままじゃ、あいつら本当にチェレーゼを昏睡させる。二度と起こさない……なんなら殺しちゃうかも」
「……そうでしょうね。しばらく前に、昏睡計画について、本人の了承をとるために相談しにきたもの。泣きそうな顔して……チェレーゼが大事で仕方ないのね」
ヴェーラは体がだるいのか、もぞもぞと布団を被り動き回る。その仕草は、寝付けない子どものようだ。私は彼女の人格を探ろうと、その仕草、一挙手一投足に注目した。
「でもね、オリバー。私、あなたの頭の中に行くつもりはないわ」
「……どうして?」
「どうしても何もない。指示に従いなさい。手があるのよ、手が」
「……」
オリバーはうなだれ、私とピグトニャは訝しむ。
[手……って、なんだろう?]
[さあな]
私たちが想像していた以上に、ヴェーラとオリバーの関係は絶対的な上下、支配関係であり、ヴェーラは秘密主義であった。ここまできても、何も話さないとは。
「……ヴェーラってさぁ、結局何がしたいの? 俺は役に立てねえの?」
「……役に立ってるわよ。まだ話せないだけ。そうだ、私の計画に必要なあの箱……箱を探して。今、手元にないの。持って来てくれたら、また続きを話すわ」
「箱って、どっちの箱?」
[!?]
──どっちの? ハムストリの箱だけでなく……もうひとつ、何か箱があるということ?
私たちの秘めた動揺を知らない二人は、そのまま語り続ける。
「ハムストリの箱よ。どうせピグトニャの左手に……隠しポータルにでも入ってるだろうから、腕ごと切り落としてきて。パスワードは、チェレーゼの記憶を通して知ってるから」
「腕ごと!?」
「やれないの? 私のためなのに?」
「わ、わかった。やるよ。やる……」
これではまるで、精神的DVである。いつもの陽気で騒がしいオリバーの影が薄れ、おどおどと相手の機嫌を伺う様子もまた、幼い子供のようであった。
「でも……俺がここに来れるのって、今日だけだと思う。そんな何度も連れてきてもらえない。だから、今日俺についてきてくれないと……」
「うるさい! なんで今日はそんなに反抗的なの? あぁ、もしかして寂しいのね? じゃ、キスでもする? ふたりが怒るかしら。ふふふ」
この発言により、箱に向いていたはずのピグトニャとオリバーの意識は、完全にキスに逸れてしまった。オリバーは苛立ちと困惑を抑えるように頭を抱え、ピグトニャはテレパシーで私に語りかけてくる。魔力を温存して欲しい。
[本当にやったら俺はどっちに怒ればいいんだ……?]
[ヴェーラでしょ……それより、なんでパスワード知られてるの?]
[姉さんと俺はお互いを死後の後見人にしてて……スマホのパスワードとかも知ってて……]
[めちゃくちゃ危ないじゃん……パスワード再設定しなよ……]
[いやでも……俺が死んだとき姉さんに確認してもらえないのはちょっと……]
このシスコンには何を言っても意味がない。パスワードを変更させるのは無理筋だろう。まあいい……件のハムストリの箱は、いまやユーシャの体内。ピグトニャの左腕を切って持って行ったところで、意味はない。そもそも、簡単に腕を持っていかれるような雑魚ではないし。
オリバーはオリバーで、ヴェーラの発言に惑わされていたが、ここ数日の交流により、何か彼の中で変化があったらしい。覚悟を決めたように顎をあげ、ヴェーラを見据えた。
「寂しいよ。そうやっていつも、無理難題ふっかけて、キスだのなんだので誤魔化して……また、俺を選んでくれないの? また俺を、見捨てていくの?」
[いつも……?]
[ピグトニャ、気にしないで。凹むのは後にして]
[悪い……]
なんと、すでにキスはしているようだ。人格が違うとはいえ、ピグトニャからしたら、許し難い暴挙である。そんなの知ったこっちゃないヴェーラとオリバーは、そのまま会話を続ける。
「……なに、信用するには足りないっていうの? 私がシてあげたことが。それが女の子にとってはどれだけ大事か……わからないなんて、酷い男ね」
「た、足りなくない。違う、そうじゃない。そうじゃなくて……」
[………………]
ピグトニャは<ポーカーフェイス>も意味がなくなりそうなほどに拳を強く握り込み、歯軋りをして耐えている。私はもう何も言えなくなってしまった。




