忠誠心
「……入っていいぞ」
ピグトニャの合図により、私とオリバーは静かに病室に入る。オリバーは手錠と腰縄をつけて、私がその紐を握っている。念のための処置とはいえ、多少の葛藤はある。一方のオリバーは慣れてるのか、鬱陶しそうにするぐらいで、さして抵抗はしなかった。
『……まぁ、友好的な感じで入ってって、俺が裏切られたと思われても困るし。俺はあくまでヴェーラのためにやってんだから。全部を話すのは後にする』
『……そうしてくれると助かる……とはいえ、あまり考えなくてもいいよ。裏切られたと思ったらそれはそれで、確認のために接触するだろうし……』
『俺がヤなの! 好きなコを裏切ったダセェ男だと一瞬でも思われたくねえよ』
その抵抗のなさに胸が痛む。囚人としての扱いに、慣れすぎていると感じたからだ。当の本人はいつもどおり、けろっとしてチェレーゼに挨拶する。
「チェレーゼちゃん久しぶり〜、体調どーよ? あ、俺のせいなんだっけ?」
「……相変わらずの減らず口ですね、オリバー。状況わかってます?」
「わかってるわかってる。バレてんでしょ? 全部。怖い怖い」
チェレーゼは見るのも不快だという顔をした後、無理に笑顔に戻して、「ソメヤ様も、こんにちは」と言った。この面会、チェレーゼの寿命を縮めているのではないだろうか。
「はぁ……ヴェーラ。あなたの部下じゃないんですか? 何か言ったらどうなんです?」
「チェレーゼ……起きてる時も会話できるようになったの?」
「あぁ……いえ。会話はできませんが、何もしてこないから、変だなぁと思いまして」
とりあえず私たちは椅子に座る。オリバーは少し遠い位置だ。どうやら彼なりに、不仲感を演出しているらしい。その顔に、私はわずかな違和感を読み取った……ピグトニャにテレパシーを送る。
[実際、オリバーの様子も変じゃない? ヴェーラがきてるか確認した方が……]
[ちょうど今、オリバーからテレパシーが来たところだ。ヴェーラが接触してこない、と……こちらを様子見しているらしい]
[面倒だな……]
私は努めて表情を変えず、チェレーゼに話しかける。
「まあ……とにかくさ、オリバーをなんやかんやで保釈して軟禁してんだけど、ヴェーラについて何聞いても口割らなくて。チェレーゼに会わせてくれたら考えるって言うから」
「ピグトニャから聞いてはいますが……オリバー、なんのために来たんですか? ヴェーラも静かだし……まさか……この期に及んで、示談の交渉とか……?」
それは私にとっても予想外なセリフだったが、オリバーが血相を変えて椅子から飛び出し、跪き始めたので、もっと驚いた。
「それはマジで頼む! このとおり! 俺もうブタ箱暮らしは嫌!」
「脱獄の罪は消えないので、私が許したとて、無罪放免とはいかないと思いますが……」
「なぁ俺の唯一の可愛い妹! お兄ちゃんを助けて!」
「あのですねぇ、兄とはいえ容赦はしないとあの時も……」
「ピグトニャとソメヤに保釈金払ってもらったし、これ以上はやんないからマジで! 俺もー本当に反省した! これっきり! これっきり! ね! 最後だから、これで!」
『詫びるのは死んでも嫌!』と言っていたはずなのに。その鮮やかな変わり身を見たピグトニャは、ポツリと呟く。
「金を無心しに来たときと同じ、鮮やかな土下座だ……」
そのあまりに必死な示談交渉は、ヴェーラの気を引くための演技というより、本心からの懇願に見える。刑務所生活が相当嫌なのだろう。妙に感心してしまった私たちは、彼をしばらく放っておくことにし、そのまま何度も繰り返される土下座を眺めていたのだが、ついに、チェレーゼの堪忍袋の緒が切れた。
「オリバー……」
「声こわっ、何?」
チェレーゼは、私たちには絶対向けることのない、ゴミを見るような目をしてオリバーへ語りだす。
「今日のあなた……なんか変ですよ。あなたの激情的で短慮な性格なら、ヴェーラを殺しかけたことに怒って、怒鳴りつけてくるぐらいはすると思っていました。それで示談の目が無くなっても」
「……」
「主従関係ではなかったのですか? あなたはしょうもないゴミムシですが、爪を剥いでも、指を折っても、何しても口を割らなかった忠誠心……それだけは、評価に値すると思っていたのに。もしかして、ヴェーラを裏切り……自己保身に走ったのですか? ……今更?」
「テメェッ……」
オリバーが本気でキレたのがわかった。私は慌てて肉体強化の呪文を口承、腰縄を強く引き、彼を押さえつける。チェレーゼはチェレーゼで、おそらく、彼の主人がヴェーラだから……自分も愛する者だから、軟弱な態度が許せないのだろう。
「二人とも落ち着いてッ……」
私の声は届かない。オリバーが叫ぶ。
「んなわけねえだろうが! 言って欲しけりゃ言ってやる! よくもヴェーラを殺そうとしやがったな、この冷血女、神官の風上にも置けない悪魔が! テメェを殺すとヴェーラも死ぬッ……死んじゃうから、手ェ出せないだけで、本当はッ……いつだって殺したいと思ってる!」
「……」
「ヴェーラが何年も、ずっと、どんな気持ちでいたか! ……魔王退治だって! チェレーゼが危ないことするたびに、ヴェーラだって危ない目に遭って……! でも何もできない! ブレーキの壊れたバイクに無理やり乗せられて崖まで突っ走ってるみてえなさ……! おかしいだろ、お前が偽物なのに!」
「……」
「チェレーゼ……! 俺はたしかに、テメェが死ぬほど嫌いだよ……でも、俺はバカでもチキンでもない、考えて行動してっから、すぐ怒鳴ったりしねえの! いつもいつも怒鳴りてえよ本当は! 俺の主は、ヴェーラは、お前じゃねえ……勝手に俺の忠誠心を測るなクソ女! 返せよその体……返せよ! 返せッ……」
チェレーゼは罵倒されればされるほど、どことなく嬉しそうにしていたが、ピグトニャが突然オリバーを容赦なくぶん殴ったため、このやりとりは終わった。殴ると同時に、[落ち着け、頼むから]とテレパシーをしていたのが、私にも伝わってくる。オリバーはそのテレパシーを受けて、黙り込んで床を見つめた。
「静かにしろ。病院だぞ」
あくまで冷静に止めた様子を装っているが、殴る瞬間は本当にブチギレている人間の如く1mmの躊躇いも見られなかったし、その威力には押さえていただけの私も驚くほどだった。冷静さの方か怒りの方か、どちらが演技なのかは、私にはわからない。




