果てなき夢
「……ブレスレットあるとはいえ、勇気あるねー、あの場面でテレパシーて」
「<イーブズドロップ>は継続魔法ではないし……それに、何か言われたら言われたでよかったんだ。ブレスレットが壊れてたり偽物だったりしたら、話は全部違ってくる。でも……この1週間の振る舞いを見る限り、ほぼ間違いなく機能しているな、あれは」
「頼りになる〜」
彼はため息をつく。
「それより……俺より先に気づいてただろ、さっきの作戦。普段のおまえなら、真っ先に思いつきそうなことだ。なぜ提案しなかった?」
「んー……まず、状況的にブレスレットをつけているであろうことは、ヴェーラにも推測可能。この危険性に勘付いて、オリバーに取り憑かない可能性もある……というのがひとつ。ピグトニャも忘れてたぐらいだし、気づかない可能性も全然あるけどね。もうひとつは……、そもそも私は、オリバーを信用してない。動き方がわからない駒は使いたくない。もっと情報を得てから、もっと確度の高い方法を取りたい……だから言わなかった。今となっては、良い方向に転んだなと思う」
「そうか」
「……信用、してほしかった? 可愛い弟のこと」
私が問いかけると、嫌そうな顔で、「アホか」と罵られた。
「そこまで繊細じゃない。アレを信用する奴の方が心配だ。利用する感覚でいい」
「安心した。……はは、前は誰でも信用しそうで危なっかしいって言われてたのにね。成長したと思わない?」
「ああ……そういえば、そんなことも言ったな」
それはサルーニャのクエスト帰り、彼に天啓を伝えようとしたときのこと。
『本気にするな、アホか。俺にはまだいいが……他人にベラベラ話すなよ。信仰の話じゃなくて、弱みを曝け出すなって意味』
『ピグトニャ以外に話すつもりないよ』
『お前はそう言いながら、少し仲良くなったら誰にでも話しそうな危うさがある』
あのときは、私自身も、私は誰のことも簡単に信じてしまう悪癖を持っている、そう考えていた。これはお人好しと同じで、地球にいたときからの癖で……自分は、割と楽観的で、秘密もペラペラ喋る方。けれど、今は……。
「私、気づいたんだよね。なんで私が人のこと簡単に信じて、簡単に委ねちゃうのか」
「ほう」
「あれね、正確には……別に、信じてないの。例えばチェレーゼに天啓を使われてるって話も、すぐに信用しなかったでしょ? つまり、私って何でもかんでもすぐ信じるタイプではないのね」
「ああ……確かに。真面目に物事を考えてるときは、どちらかといえば疑り深いな」
そうなのだ。自分でもその差に気がついていなかった……考えてもいなかった。しかし、今や多くの秘密を抱える身となり……だんだんと、自分のことがわかってきた。
「私は人を信じやすいんじゃなくて……すぐ自己開示するタイプなんだと思う。そんで、その理由は、多分……自分なんか、どうでもいいから。例えば、友達が個人情報をペラペラ話したら危ないって止めるだろうけど、自分のことは話しちゃう」
「へえ」
「冷静な私は警告してるの。言うなって。でも表にいる私は、これを話して結果的に被害被っても、なーんか、それはそれでいいかって思ってんだよね……極端な話、死んだとしても。いや、もちろん死を目の前にしたら怖いけど」
ピグトニャは顎に手を当て、一拍の間を置いた。
「投げやりなところがあるんだな。……前に、自分を大切にするのが下手すぎるって言ったが、そもそも大切にするべき存在だと思えてないと」
「うん」
あっけらかんと重めな話をしても、彼は動じずに聞いてくれる。この振る舞い自体は、神官をしていたときに身につけたものなのだろう。しかし彼は、優しすぎるが故に神官を続けられなかった、そうチェレーゼに言われた人間……。頼りすぎないようにしなければとは思うものの、ついつい語りすぎてしまう。とはいえ、彼だって私に泣いて縋ったのだから、まだおあいこで済むだろう。
「でも今は……私の命も情報も心も……何もかも、私だけのものじゃないって気づいてさ。そしたら……頭の曇りが晴れて、まともに考えなきゃと思った」
私はピグトニャの手を軽く引いて、私と目を合わせるよう、無言で要請した。彼はそれに応える。
「……ありがとね。私に夢や、役割をくれて」
ユーシャの手紙にも、こんな一説があった──『僕らは虚無に満ちていて、何もやりたいことがない。そこに火をつけるのはいつも、君の哲学、理想論、美しい言葉の数々だ』。
ユーシャの言うとおりだ。彼は火をつける者。彼こそ高みを目指す者。ユーシャや私はそのための道具なのだ……『勇者』という名のついた。けれどユーシャ、あなたと私は違う。私は彼の哲学、理想論、美しい言葉の数々に……私の思想を足してゆく。二人で炎を灯すのだ。虚をつかれたような顔をしている彼に、私はさらに畳み掛ける。
あなたが火をつけたのだから……私の夢も叶えてもらう。
「やっと、生の実感が出てきた。私は……責任を、夢を、僕を、持つべき人間だった。私の命には重しが必要だった。ずっとふわふわしてたのが……ピグトニャと話すたびに、安定していく」
「……俺は、押し付けになってないか心配していたが」
「いいや。むしろ……もっと欲しい。そして、それと引き換えに……私の夢も叶えて欲しい」
「……なんだ? 夢って」
私はニコッと笑った。
「これだよ、これ。タイピング」
私は愛用キーボード『だいふく』を顕現させ、軽く打つ。すこすこと心地の良い音が響き渡るが、なにも起こらない。なにを詠唱したわけでもない、目的のない打鍵。
「地球ではさ、タイピングって、みんな使う割に軽んじられてて。こんなに楽しいのに……。私はそれが悲しいの。だからさ……この国の勇者……それもいいけれど」
「……」
「この国……なんなら星を越えて……地球も含めた、世界全体の勇者に……なれたなら、タイピングはきっと、もっと愛される技術になるよね? まあ、なれないだろうけど、でも、こんな可能性がそもそも存在するってだけで……嬉しいの。知らなかった。想像の外だった。私、ピグイタンに来てよかった。どうしても、この国の熱狂を……外の世界にも伝えたい。ピグイタンに魔法差別が少ないのは、成り立ちだけじゃなくて、魔法適性を問わない技術たるタイピングが、ここまで愛されてる……これも大きいと思う。つまり、タイピングは、平和の象徴になれる」
「……」
「タイピングの地位をもっともっと押し上げたい……遥か高みまで。そのためなら私、この星を救うよ。まず民が救われてないと、そんな余裕ないもんね」
「……驚いた。タイピングバカすぎる」
私は笑った。「ピグイタンらしい勇者でしょ?」と。彼も笑う。ああ、そんなことも言った。そんなことも言った……と。些細な会話や目配せも、どこかで収束していくものだ。導かれているのだ……私たちは、どこかに。それを感じるたび、私の胸はとくんと高鳴る。自分の命に、意味を見出せる。
「それだけじゃないよ。さっき、私の命には重しが必要って言ったでしょ? そうなると、勇者になるってかなりメリット大きくて。ねえ、想像してみて、全世界の勇者になった日のことを。それだけ大きな責任を背負うことができたら、私ってどれだけ……どれだけ……」
私は、ぼんやり生きてきた27年間の人生を振り返った。ぼんやりと、灰色で、タイピングしているとき以外は全部虚な世界……。もうあそこには帰りたくない。私は、私の命に張り合いが欲しい。もっと。そしてそれは、大それた夢、大きな責任の中にこそある。それを得られたら、私はどれだけ……。
「……シャキッとするだろう?」
そうして見上げたピグトニャの顔つきは、一言で言うなら、ドン引き、であった。
「ソメヤ、おまえ……」
まずい、何か間違えたか? 怒られるか? 焦って何かを取り繕うとするが、何といえばいいのかわからず、あわあわと手だけを動かす。そんな私の葛藤が数秒つづき、聞こえてきたのは……。
「医療に繋がった方がいいんじゃないか……?」
かなり心配そうな声だった。こちらは「え?」と間抜けな声を出してしまう。怒られはせず、「地球ではもっと平穏な生活してたんだろ……? 異界での刺激が強い生活でおかしくなってないか? 今は良くても、どこかで抜け殻みたいになる可能性が……。とにかくメンタル面の観察を忘れずにだな……。俺も見るけど内心の変化は自分でしかわからないから……日記つけろ日記!」などと様々なアドバイスを受けた。ここ最近、ピグトニャはどうも過保護になった気がする。チェレーゼも過保護だし、さすが血を分けたきょうだいである。




