弱み
「え!? 俺もチェレーゼの面会に!?」
意外だったのは本人にとっても同じだったようで、ここ数日でいちばん大きな声で反応された。ピグトニャは頷く。
「ああ。会いたかったんじゃないのか? 手紙まで出して。俺にはくれなかったのに……」
「もしかしてちょっと拗ねてる?」
私の指摘に「拗ねてない」と言いつつ、割と拗ねているように見える。そういえば、手紙を見せたときの反応もなんかおかしかった。「俺には来てないのに!?」と言いたげな顔をしていた。彼はシスコンなだけでなく、ブラコンなのかもしれない。
「わ、悪かったよピグトニャ。でもあの後じゃあ、普通に手紙書くのも気まずくてさ」
「……まあ、そうだろうな。ともかく……せっかくシャバに出たんだ。ここは姉さんに詫びに行くのが筋じゃないのか? 情状酌量の理由にもなるし」
「詫びるのは死んでもヤダ! アイツだって俺を拷問しようとしたのになんで詫びなきゃいけねえの!? ど、れ、に、し、よ、う、か、な〜……って、悪魔の歌声、聴いたろ!? ピグトニャもあんなやつやめようぜ? てか俺が詫びるべきなのってソメヤちゃんであってチェレーゼじゃなくね?」
「姉さんに変装して鍵屋を騙くらかして家に不法侵入してるんだから、姉さんも被害者だろ……」
オリバーはピグトニャがくれたソファに寝そべり、頭を両手で掻きむしった。それから、顔を覆い、何かを考え始めた。
「……あのさぁ」
「どうした?」
「……チェレーゼと会ったら、多分ヴェーラが俺に接触してくる……と、思うんだけど」
「そうだな」
「ヴェーラは……このままじゃ殺されるって聞いたら、俺の頭の中に住み続けてくれるかな。どう思う?」
「……というと?」
オリバーは起き上がり、手をよけた。その顔は今まで見た中でいちばん、何かを堪えてそうな、苦しそうな表情で、最近イライラさせられていた私も、彼の話をしっかり聞く体制に入ってしまう。
「……ごめん。俺がさぁ、ずっと考えてたのってそのことでさぁ……。でも、俺の口から言っていいのかわかんなくて……。なぁ、天啓のことを話されるのって、どれぐらい嫌なもん? ヴェーラの目的だの能力だの聞かれるとさ……ソメヤちゃんが泣いてたの思い出す……。あの時話したのって、他人の天啓だぜ? じゃあ、自分のだったらどうなんの? 死ぬよりも、嫌かなぁ。ピグトニャ……元神官サマだったらよォ、そういうのわかるよな? 誰よりも」
ピグトニャは少し悩んでから、答えた。
「……結論から言えば、人による。死ぬより嫌なものもいるが、実は気にしてないやつもいる。本人に聞かないとわからないし、素直に言うとも限らないよ。……勝手に天啓を言いふらされたおまえにとっては……縁遠い感情だもんな。これは」
慰めに近い声色の返答を聞いて、オリバーは背中を丸めて震え始めた。
「……そうだよ……俺の天啓を知らない奴は、周りじゃほとんどいなかった。家族だけならまだしも……下働きにまで伝わって、用心のために部屋も遠くに作られて……俺はその秘密を守られたことがねえ。だからどうでもいい。どうでもいい……どうでも……でもヴェーラにとってはどうなんだ? わかんねえ……俺はヴェーラのこと、何も……」
「……オリバー……」
ピグトニャは一歩前へ出て、オリバーの近くに座る。
「……おまえがわかってないのは、おまえ自身だよ……。本当は、どうでもよくなかったんだ。おまえにとっても、大事だったんだよ。天啓は」
「はァ? 別に、そんな……」
「少なくとも、勝手に言いふらされていい気はしなかっただろ。それに……俺みたいな、とんだダメ天啓でも、もらった瞬間……確かに……あったんだ。信仰の熱と歓びが……それらが灯る感覚が。オリバーみたいに強力な天啓なら、なおさらじゃないか?」
「……」
オリバーは黙り込む。ピグトニャがどこからかハンカチを差し出した。彼はよくハンカチを人に渡しているが、一体何枚持ち歩いているんだろう。しかも、毎回、新品のように綺麗なものを渡している。
「俺、覚えてるよ……おまえが天啓を手に入れたのは、俺らが魔王戦から帰ってきた直後だったよな。昔から問題児で、パパとの仲も険悪だったおまえが……なんだか嬉しそうに祈りの部屋から出てきて……『エイリムはどこ?』って、俺に聞いてきたのを、俺は覚えているんだよ」
「……」
「あのとき……教えてやればよかったな……俺の<ルーザー>を聞いたときの、パパの反応」
オリバーはいつもより低い声で問う。
「……どんなの、だったの」
「……失望、かな。あの頃、姉さんは天啓が<エリー>に似てたから可愛がられてたけど……魔法の才能で言えば、まだ俺に分があった。しかもまだ8歳。相当良い天啓を期待していたに違いない。それが……こんなザマで。
たしかに慰めてくれたし、オリバーと違って、言いふらされてもない。姉さんやオリバーみたいな家族にのみ伝えて、助けを乞うただけ。でも……あの日から明確に、俺への興味が薄れていくのがわかった。前のように見てもらいたくて、武勲をいくら立てたところで、意味はなかった……。もう、姉さんの方しか見てなかった。
パパって、表向きみんなに優しく、人当たりもよく振る舞うけど、内心、研究対象にしか熱をあげられない人なんだよな。それで言うと、エリーさんはどれだけ特別な存在だったのか……まあいいや。とにかくパパはそんな感じだったよ。でも俺がまだそれを認めたくなくて……だって魔王を倒して帰ってきたんだ、今こそ見てくれると思ったし……立場もできてしまってた。言えなかった。おまえと一緒に、パパの……エイリムの、職権濫用の暴挙に、怒ってやれなかった」
そしてピグトニャは、おずおずと両手を差し出した。
「ごめん。おまえの味方をしてやれなくて。この手は誠意だ。異界生まれのおまえには……全部嘘みたいに見えるかもしれないけれど……これが俺にとっての、本当だ」




