オリバーという男
オリバーを自室に閉じ込めた後。ブレスレットによって魔力素子は抑えられているが、念のため、オリバーの固有魔法……<イーブズドロップ>の有効範囲から遠く離れた部屋へ入り、状況を整理することにした。
そもそもオリバーの部屋は、他の部屋からかなり離れた場所にある。彼の天啓を危険視したエイリムが、何も盗み聞きできないように、とわざわざ増築したらしい。そうやって天啓を悟られるような状況も、幼いオリバーからしたらつらかったのではないだろうか。
「……なんていうか、意外と喋ってくれそうだね」
「……あいつ、あんまり頭も良くないし……悪い奴というより寂しがりやなんだよ。姉さんはあいつに厳しいけど……いや、たしかにゴミカスなんだけど……口開けば煽るし、迷惑しかかけてこない、昔っから捻くれてて……でも、根っからの悪人って感じじゃない」
口開けば煽るのはイグノジー家全員に共通する気がするが、それはさておき、もっと聞かせてくれとせがむと、ピグトニャは頷いた。
「……姉さんだって、昔はあそこまで厳しくなかったんだ。あいつは天啓の実験に使われた頃から姉さんを嫌ってるみたいだが……姉さんの方は、別にオリバーを嫌ってなかった」
「……」
「でも……魔王退治に出る直前だったかな。一度、あいつが俺を襲ったことがあったんだよ。姉さんの姿に変装して……俺が変装に気づく前に、小せえカッターナイフ向けてきて、騒動になって……結果的に、その日は姉さんとの時間が取れず、<ルーザー>が発動した。俺の左足の小指は、そのときに奪われた」
「!」
それはかなり大ごとである。
「姉さんは当然激昂したが、オリバーはオリバーで、対策しなかった方が悪い、と言い放ち、二人の関係は最悪になった」
「そりゃ仲も悪くなるか……」
つい声が出た。チェレーゼからしたら、可愛い実弟が殺されかけたも同然なのだ。<ルーザー>……発動してしまったが最後、何を奪われるかわからない魔法。当然、命や、酷ければもっと大事なものを、奪われる可能性がある。
「……まあ、姉さんの気持ちもわかる。逆なら俺も許せない。あの日を狙ったのはわざとだろうしな……。姉さんは前日から、所用で不在だったんだ。用事が終わる夕方に落ち合って、魔力を奪ってもらうつもりだった。姉さんが朝いない日は、そうする習慣だった。変装したオリバーは、待ち合わせ場所だった中庭のベンチに、待ち合わせの10分前に座っていた」
「絶対わざとじゃん」
だいぶ悪人に見えてきたが、ピグトニャは首を振る。そんなことはどうでもいい、というように。
「別に、わざとだとして、俺は怒ってないんだ。あのときのオリバーはまだ8歳。俺は13歳。二桁にも満たないガキの行動に、怒る理由なんてあるか? なんでそんなことしたのか、理由はがんとして言わなかったけど……当時の俺は、俺らが魔王退治に行く間、一人置いてかれる予定のオリバーを思うと、怒る気にはならなかった……」
ぽつん、と、誰もいない暗闇に立つオリバーを想像する。そこに唯一手を差し伸べ続けていたのがピグトニャだとして、そんな彼が去ってしまうのが許せなくて、凶行に出たのだろうか。それとも、もっと他の理由があったのか。
「結局その後、俺らは仲直りして、交流も続けた。ある日、オリバーが家出して見つからないと聞いた時は、必死で探したよ。当時のあいつは14歳……12か3からクエスト受けてた俺がいうことじゃないけど、心配だった。ユーシャを失ったことからも、立ち直れていなかったのに……また家族を失うのかって。……俺だけは……そう思ってた」
やっぱり、さっき部屋で見た光景は夢や幻じゃない。彼らは仲が良い。本来、仲のいいきょうだいになれるはずだった。どっちが兄なのかは、諸説あるとして。そしてそれは、ピグトニャの絶え間ない歩み寄りによるもので、チェレーゼやユーシャがピグトニャを「優しい」と評価するのは当然だと思った。お人好しはどちらだと言いたくなるぐらい、彼は身内と認定した者に甘い。
「でもその後すぐ、オリバーは俺の前に姿を現した。正面から堂々と……いかに姉さんが邪悪な悪魔であるか、家を出て自分のところに来るべき理由なんかを、滔々と語っていた。俺は再会の喜びも束の間、姉さんの悪口を言われるのが嫌で適当にあしらっていたんだが……だんだん小狡い手を使うようになり、俺への奇襲や、周囲を巻き込んだ暴力も辞さなくなってきた。あと金の無心もしてきた」
「普通に嫌だな……」
持つべきものはなんとやら、と彼が語っていたのを思い出す。14歳で家を出たならば、そりゃ金にも困るだろう。
「あまりのしつこさとやり口に、姉さんは組織的な犯行を疑い、結局拷問までするようになった。オリバーはいつも肝心な情報を吐かなくて、見てられない俺が毎回止めて、逃がしてやってた……。でも気づいたら、あいつ、俺らとは全然関係ないところで逮捕されてた」
「詐欺師だっけ……そういうシノギで生きてきてたんだね」
「そのようだ」
そうしてピグトニャは、悔しそうに唇を噛む。
「ああ……ダメだ、悪いところしか出てこないもんだな。でも……違うんだよ……違う。例えば、もし俺が拷問を止めてなかったら、ヴェーラの存在を吐き出させていたら……もっと早く気づいていたら……何か対処ができたんじゃないか。あいつの本来の性格を……歪ませずに……」
「……流石にそれはピグトニャの責任じゃないし、もしものこと考えてもしかたないよ。これからのことを考えよう。ヴェーラという黒幕も明らかになったことだし」
「……そうだな」
私は立ち上がって、オリバーの様子を見に行こうとした。私もしばらくここに泊めてもらい、時間を決めて、交代で様子を見ることに決めたのだ。軍の方はガネットがなんとかしてくれる。持つべきものは優秀な僕である。そんな私の背中に、ピグトニャの声が降りかかってきた。
「ソメヤ」
「どしたの」
「……オリバーは……迷惑なやつかもしれないけど……」
「うん」
「寂しがりで……不器用で……多分、愛されたいだけだ。ヴェーラもそうだとしたら……。オリバーの方は、俺がやる。でもヴェーラは、姉さんだけでなく、オリバーまで利用している……愛せはしない……どうしても。ソメヤに任せる他にない」
「……」
「だから、せめて……オリバーに関しては、無理するな。あいつは近づけば近づくほど、逆に牙を向けてくる。不安なんだ。怯えた犬みたいに」
私は振り返り、頷いて答えた。
「わかった……気をつける」




