面会
「チェレーゼ神官様から推薦された神官様ですね。こちらへどうぞ」
「どうも」
私は神官:シスター・アリアとして、王都中央拘置所へ来ていた。シスター・アリアは、修道女として最も平凡な名前だという。私は努めて(音魔法で)優しい声を作り、無害そうな感じを装い、オリバーへ挨拶する。
「オリバーさん、こんにちは」
「けっ。チェレーゼ本人は病気ってマジかよ。俺は神官様じゃなくて、かわいー妹を呼んだってのによ」
「はいはい。すみませんが、席を外していただいても……」
「はい、時間になったらお呼びします」
係員が完全にいなくなったことを確認し、オリバーの前に、ガラス越しに座る。行ったことはないが、日本の拘置所もこんな感じなのだろうか。
「久しぶりだね」
「は? アンタ誰……」
「ソメヤだよ。ソメヤ・イストゥール」
私は顔の変身と変声を解いて、神官用の帽子も脱いだ。
「こんにちは、オリバー」
「えっ、はぁ!?」
オリバーが私を思い出した頃合いで、顔も声も、シスター・アリアにすぐ戻す。ここを出る時、戻すのをうっかり忘れてたら逮捕されてしまう。
「なんでここに!?」
「会いに来たんだよ。いつでも来いって言ってくれたでしょ?」
「お前……それ、第二の顔か! いつのまに神官に!? 異界人なのに!」
「大っぴらにそれ言わないでよね。チェレーゼと一緒にいたおかげでさ、色々あったの」
大嘘である。そして第二の顔でもないが、そう思ってくれるならありがたいので黙っておく。前の襲撃時から思っていたが、この子は結構アホなのかも。扱いやすいアホならいいが。
「魔法を使って必要なことを聞いてもいいけど……できれば普通に仲良くなりたいなって」
「……俺たちの陣営に来るのか? んなわけないよなァ、そんな空気じゃあない」
「バレちゃったか。まあ、今はそれどころの状況じゃないから」
私は極力余裕ぶって微笑み、手を組んで顎をその上に乗せる。
「オリバー……私たちね、このままだと……チェレーゼを殺さなきゃいけなくなるの」
「……は?」
「そうしたらあなたも困るでしょ? だから、それを防ぐための取引」
「……何言ってんだよ、俺はあんな奴死んだって別に……」
「嘘。絶対に困るはず。私たちはもう知ってるの。あなたの主君を」
私がその目をじっと見つめると、オリバーはイライラしたように頬杖をつき、そっぽ向いた。向こうから話す気は無いらしい。
「あなたの主君はヴェーラ。チェレーゼのもうひとつの人格。チェレーゼと体を共有している以上、チェレーゼが死ねば、彼女も死ぬ」
「何をデマカセ言って……」
「別に、私たちの思い込みやデマだというならそれでも構わない。ただ共有しとくと……チェレーゼは、私たちが止めても、ヴェーラと心中しようとする。止められない。今入院してるのもそのせいで……あなたの襲撃をきっかけに、思いつめたチェレーゼは……自ら、胸にナイフを突き刺して、入院した」
「は!?」
オリバーは感情を隠すのがあまり得意ではないのか、あからさまに狼狽した。
「嘘だ……嘘をつくな。しょうもない嘘で俺を惑わせようったってそうはいかない……」
「襲いかかってきた時も……チェレーゼには全く、指一本たりとも、触れようとしなかったよね。もっと反撃しても良さそうなのに」
「チェレーゼは強いからな、敵わないから戦わないだけ」
「ふーん……」
このまま普通に聞いていても埒があかない。私は少しばかり、彼を揶揄うことにした。
「ところでヴェーラって、ユーシャのこと好きらしいね。あなたはその手伝いでもする気なの?」
「はぁ!? ユーシャのことが好きなのはチェレーゼの方だろ?」
「……もしかして、オリバーはヴェーラが好きだったりする? こりゃまいったな、昼ドラかな?」
「いやっ……そもそも、ヴェーラって誰だよ」
「もう遅いって。完全にいる前提で対話してたじゃん、今。観念しなよ」
「あっ……」
多分まだ言い逃れの目はあっただろうに、彼は割と素直に降伏してしまった。まだ20歳と若いのもあるし、魔法が使えない不安感、拘禁されていることによる精神不安定などもあるのだろう。どうやら扱いやすいアホらしい。助かった。
「大丈夫。ヴェーラを殺そうってわけじゃない。むしろ穏便に出ていって欲しいと思ってるわけ」
「出ていくって、無理に決まってんだろ。そもそも不可能! 霊媒師にでも頼むのかァ? 下手なことしたら二人とも死ぬだけだぜ」
「できるよ。ヴェーラの天啓と、私の錬金術さえあれば」
「……あ? てめえ、どこからその話聞いた?」
「お、やっぱそうなんだ。ヴェーラの天啓は、自分を愛する人に魂ごと乗り移る力……これで間違い無いんだね?」
「ぐっ……」
『ヴェーラの天啓』と聞いて、つい臨戦態勢に入ってしまうオリバー。まるで番犬のように素直だ。どんなに静かにしようと思っても、不審者が来たら吠えてしまう。私を襲ったときに、天啓なんかどうでもいいと、せせら笑っていた彼が懐かしい。なんだかんだ、彼も大事な人の隠し事は大事……つまり、普通の人の子なのだ。それならいける。懐柔は可能。
「もうやだ! なーんも話さない! 黙秘黙秘!」
「そんなこと言わないで」
「黙秘しまーす! てか出てけや!」
「1時間枠もらってるもん。出ていかないよ」
「ふざけんなよ! この国、神官の権限強すぎだろ!」
それはわかる。日本では考えられない価値観だ。やはり、聖典が「科学的真実」として扱われているのが大きいのだろう。今はそれがありがたい。私はエセ神官だが。
「あのねえ、オリバー。その気になれば私は、神官権限を使ってあなたになんでもできる。でもそうしない。なんでかわかる?」
「馬鹿だから?」
「それもそうかもね。つまるところ、あなたに信用して欲しいからなの」
「できるか! この馬鹿!」
「いいよ、今はそれで。また来るから」
「え? ……っおい、待てよ」
私は立ち上がり、帰る素振りをする。
「差し入れに現金をいくらか渡しておくよ。欲しいもの買いな」
「いやっ……ちょっと待てって。なんか話すんじゃないのかよ」
「……帰って欲しいんじゃなかったの?」
「あ、いや……その……」
「気になる? チェレーゼの……ヴェーラの体の様子が」
「……」
黙り込む彼の前に、改めて座り込む。拘禁状態にある彼にとって……私みたいな敵とのやり取りでも、人間との会話は娯楽のひとつ。社会的生物である以上、逃れられない快。その上、生来の減らず口……つまり多弁と、主人の死の可能性……話さずにいられるわけがない。出てけやと吠えはするものの、いざ出ていかれると狼狽する。実に簡単で、扱いやすい。
「実は……結構危険な状態でさ。このままだと昏睡させて、最終的には殺す以外なくなる。ヴェーラが何をしようとしてるか、こちらもわからないものだから」
「おまっ……チェレーゼのダチじゃねーの!? あんな泣いてたのに!? 流石の俺でもドン引きだわ」
「そりゃ私だって嫌だよ。でも国の意向には逆らえない。チェレーゼの名前と体を持った別人が、あの地位と権力を得るくらいなら殺す……それが上の判断。だから会いに来た。今、私たちは利害関係者なの。あなたもこちらを放ってはおけないはず」
「……」
全くの嘘だ。国に伝わってなどいない。ヴェーラの存在を含めた詳細を知るのは、私とピグトニャだけ。エイリムはチェレーゼに扮した第三者がいる可能性を知っているが、逆に言えばそれしか知らない。だが、オリバーにそれを確認する手立てはない。
「でも私にはわかってる。ヴェーラは別に、悪いことをしたいわけじゃないんでしょう? それを説得できれば……例えば、さっき言ったように別の体を用意することで、彼女を生かせるかもしれない」
「……お前らがその、乗り移った体を殺さない保証は?」
「それは信じてもらうしかないけど……オリバーが守ってあげたらいいじゃん。このままじゃ100%死ぬ。それよりは良い選択でしょ?」
「……」
オリバーは長考し始めた。私はその間、密かに<リーダビリティ>を使うか悩んだが、ピグトニャの言葉を思い出してやめた。
『固有魔法を防御する魔法を使える奴は、防御していない時も、固有魔法の感覚がわかる。オリバーが使えるかは知らない……前は使ってなかったし、今までの襲撃でも使った様子はない。とはいえ、おまえの言うとおり懐柔できそうなら……固有魔法の使用はやめておけ。襲撃時はドタバタしてたし、姉さんも固有魔法を使って弱らせてたから、多分<リーダビリティ>に気づいてないが……次はバレるだろう。あいつは一度不信感を抱けば、二度と忘れることはない』
使うならもっと後……もっと切羽詰まったときか、もっと信頼を深めた後だ。
「……わかった。でも条件がある」
「なあに?」
「俺の保釈金を出せ。おまえか……ピグトニャでもいいか。とにかく誰か保証人になれ」
「おー……現実的なライン」
「そうじゃなければ、これ以上話さない」
「いいよ。乗った。でも逃げられても困るから、24時間監視生活になるけど……」
「ブタ箱よりマシ! どーせ無罪にはなんないんだから、シャバの空気を少しでも長く吸いてえの。持つべきものは保釈金を出してくれる知人だぜ」
「みみっちいね……」
私の言葉に気を悪くしたらしいオリバーが怒る。
「んじゃテメーはこっちに来たいのか? あ?」
「いや、想像つかないからなんとも……」
「ブタ箱エアプがよォ〜……。親切心で教えてやるけど、捕まったらできるだけ早く保釈されて、最大限シャバを堪能してから既決囚になって、そこから仮釈や恩赦狙いが一番賢い!」
「へ、へえ」
「今俺が期待してんのは、3年後にある、第一王妃殿下50歳記念の恩赦! 囚人の間でも期待最高潮! 王族関係の恩赦は結構アツくて、減刑の例もあるし、犯罪するなら計算に入れておきたい要素だな」
「計算て……」
「例えば、えーっと、俺の場合……まだ終わってない前科と、脱獄と、ちっせぇボケ鍵屋への詐欺と合わせて……殺人未遂は否定するとして……何年減るかな……あー! こんな計算したくねえ! とにかく、お前も一回逮捕されろや!」
「されたくないかな……」
今まで私にしてやられるばかりだったのに、急に具体的な話をしてくるものだから、胸がざわざわした。彼にとってこれは生きる知恵のひとつで、世間の常識を何も知らなくても、刑務所事情にだけは明るくならざるを得ないのだろう。そんな悲しいことがあっていいんだろうか。私は思わず考え込んでしまった。




