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ソメヤの過去

「……地球にはそういう魔法があるのか?」

「ないよ。人の心が読めるってのは誇張だけど……実際、そう言ってもいいぐらい……空気が読めるというか、分析癖があるというか……誰が何を考えてるのか、言い当てられるタイプだったんだよね。妙に鋭くてさ。でもそれは……あんまいいことではなかった」


 ピグトニャはゆっくり腕を組み、私の話を聞く体勢に入る。


「小さい頃は……親の機嫌をずっと伺ってて。うち片親なんだけど、気分屋な人で……Aと言ったかと思ったらBと言い、かと思えばCをしないと殴られる、みたいな。読心術が使えたらと、何度思ったかわかんない。学校に入る年になっても……なんでかさぁ、親みたいな子とつるんじゃうんだよね。気分屋ですぐ怒る、我儘な女の子とか。普通の子よりも逆にわかりやすくて……歪んだ安心感があって。向こうも向こうで、家庭環境に何かあったんだろうなぁ。


 するとどんどん人の悪意に鋭くなって、逆に善意には鈍くなっていく……簡単に言えば、疑り深くなる。でも、中学生の頃だったかな、たまたま、底抜けに明るくて優しい子と出会って……その子は、私が予測するのと全然違う行動をするの。私は最初、その子が苦手だったのに、しつこく話しかけてきてさ……気づいたら好きになってた。それで、世の中には、善意というファクターがあるのを知った。そうじゃないと説明のつかない行動が、そこにあった。行動が読めないことが、まだ見ぬ世界が……嬉しかった。


 でも、成長するにつれ……善意も、多くの人が兼ね備える、推測可能なものだと知ってしまって……勿論他にもいろんな要因があって。気づいたら、かなりの人の思考を言い当てられるようになっちゃった。歳を取れば取るほど学習元が増えて、余計鋭くなった。別に、使い所は多くない。上司に媚を売るとか、同期と仲良くするとか? そんぐらい。もっと人気者になろうみたいな、そういう野心はなかったし……。とにかく、人間関係は、幼い頃と比べてずっと簡単なものになった。私を捨てた方の親とも、私を殴っていた方の親とも……和解できた。元々、好きでもないけど、恨んでもなかったし。なんなら、3人で旅行さえできる。二人の仲の改善まで、私が色々と手引きした。


 ……それが、家族仲をまともにするってことが、私の人生の目標だった。いざ果たしてみると……良いことなはずなのにさ、どうしても虚しくなってきて。親だけじゃなく、人と関わっていくのが。絶対者だった親でさえ、案外行動が読める普通の人間だったし、他人なんて尚更、中学の……あの子と出会ったときの感動を、誰も超えてくれない……。いつも人に囲まれて、友達もたくさん、家族もいる。恵まれた環境の中で、なぜか孤独な気がしてた。勝手だよね」

「……」


 私のつまらない話を、ピグトニャは真顔で傾聴し続ける。一切口を挟まず、時折頷き、ただただ聞いている。


「私が<リーダビリティ>を躊躇なく使えるのは、現実での感覚とさして変わりないから。……あれは答え合わせでしかない。最初は嬉しかったんだよ? 何かすごく予想外のことが見えるんじゃないかと思って……。でも、期待はずれだった。もちろん、<リーダビリティ>無しで天啓や誕生日を言い当てられる訳じゃないけど…… 知らないことと、予想外であることはちがう」

「……」

「予想を外れた言動が、意外な行動が、私の計算外の事象が……それを見つけるには、もっと人を知るしかないでしょう? せっかくの想定外が発生したとき、無知に回収されないように。そんな願いの具現化じゃないか……なんて。あるいは、私の性格の悪さが現れているだけかもね」


 そこまで話してから黙りこくる。ピグトニャは、私の話が終わったことを察して、一言、尋ねた。


「つまらないか? 俺も」

「……え?」

「予測可能か?」


 私は悩んだ。悩みに悩んで数分が経過したが、ピグトニャは待ってくれた。これ以上黙っては……先延ばしにしてはいられないと判断し、重い口を開く。


「……正直、ほとんどの行動は、意外性がなくなってきた。今後はもっとそうなると思う」

「そうか」


 普通こんなことを言われたら嫌だろうに、ピグトニャはまったく表情を変えない。むしろ、その声色は慈愛に満ちていて、私のあるがままを受け入れてくれそうな感じがした。それによって、私の心が疼きだす。言わずには、伝えずにはいられなくなる。


「……でも、つまらなくない。楽しい。一緒にいて……」


 気づけば、私の瞳からは大粒の涙が出ていた。腕でごしごしと擦る私に、ピグトニャは呆れた顔でハンカチをくれた。その行動も予想できた。できたのに──。


「──予想通りでも、嬉しいものは、嬉しい……」


 ピグトニャは、そのまま続ける。


「湯船が冷たくて嬉しいか? 温かい方がいいはずだ。人間だって同じだよ……意外性だけが価値じゃない。人に意外性を感じてあげられないとか、そんな変な自責はしなくていい」

「……うん……」

「ミステリ小説を読んで……途中でトリックに気がついて、つまらなくなったとする。そのとき、見抜いた自分を責めるのは馬鹿らしいだろ。今のおまえはそんな感じ。おまえからしたら、ほとんどの人間はミステリとして駄作なんだろう。悲しいだろうが、仕方がない。読者は本の中身を書き換えられない……受け入れるほかない。だが、おまえは俺に、楽しいと言った。希望はあるってことだ。そういう人を、大事にするといい」

「……でも、私は……」


 ピグトニャの発言はほとんどが正しかったから、だからこそ反論したくなった。駄作……確かにそうだ。囲まれて、笑顔で過ごしているのに、一緒にいて虚しさばかりが募る人たちというのが、確かにいて……そのことでずっと自分を責めていて……。ただ、私は、彼らが嫌いなわけじゃない。駄作と蔑みたいわけじゃない。むしろ、むしろその逆で……でもそれも、ピグトニャは見透かしていた。


「わかってる。おまえは駄作含め、愛してるんだろ。人間というものを……みんな守り、仲良くしたいんだよな。俺や姉さんがいれば満足ってわけじゃない……むしろ、身内だけの閉じた幸福なんてカス、それより全人類で幸も不幸も平等に……ってタイプ。でもまずは……まずは、自分を大事にしろ。下手すぎる、それが。だから俺がそばにいる、おまえに全部教えてやる。おまえは勇者に向きすぎてる……」

「……」

「世界は救える。でも、たった一人のメシアが壊れた上に成り立つ救済は絵空事……それを為せるのは、神だけだ。おまえは神じゃない……だから、壊れないでほしい」

「……うん……」


 その後も私が情けなくぐずぐずに泣くのを、彼はじっと観察していた。私の感情の波が自然とひいてきた段階で、ポットからお茶を淹れてくれる。


「飲め。気分が落ち着くって言ったろ」

「……ありが、と……」

「自分のことを露悪的に見たり、語ったりする癖……根っからなんだな。いい歳だしそろそろやめとけ。思春期のガキかよ」

「……うん……ごめん……」

「別に謝ることはない。でもそれで気が済むのなら、謝れ」


 私は何度も、ごめん、と言った。それは多分ピグトニャだけじゃなくて、今まで傲慢にも「つまらない」と感じてきたすべての人、虚しく生きてきたことそのもの、私の人生に登場した、雑草や虫けらから人間まで、すべてに謝っていた。眩しいと思っていたものが、全然眩しくなかったことを知った。本当の光を今、知ったから。涙で曇りの晴れた目に、痛いほどの彩りが差し込んできた。今までの人生の彩度は、ほとんど灰色に近いほど低かったのだと知った。これが人生……私はやっと生きはじめたのだ。これが人生、なんて善いものか!


「……神官時代、たまに見たよ。信徒側にも、神官側にも。おまえみたいに……素人のくせに、人の考えをぴたりと言い当てたり、やたら好かれたり、相談されたりするやつってのは……おまえと同じってわけじゃなくても、何かを抱えてる。本来は訓練して身につける技術なのに、すっ飛ばしてる。良いことじゃない」

「……」

「みんなに好かれ、頼られる。期待される。そして、それを無理なくこなし、どこに行ってもすぐ馴染む……異界でさえ。一見良いことだからこそ、誰にも言えない苦しみに囚われる。慕われるのが早すぎるとは思ったんだ……もう少し、おまえをよく見ておくべきだった」

「……ピグトニャのせいじゃないよ」


 彼はゆっくり首を振った。そして、言い訳させてくれ、と頼んできた。私は頷く。


「俺も……おまえに期待してしまった。ここ最近、特に……重い役割を押し付けていると感じる。でも俺は……なんでもできる勇者様、ソメヤ・イストゥール様に、俺らの夢を叶えてくれって……縋ったわけじゃない」

「……」

「俺はただ、友達の、ソメヤ・イツナを仲間に引き入れただけ……そのつもりだ。おまえは次の勇者に……俺の勇者になる。なるけど、さっきも言ったように……俺だけは、おまえに傅きはしない。おまえが俺の夢を叶えても、どれだけ勇者であろうとも、それは上下関係を意味しない。覚えていてくれ」

「うん……覚えとく」

「俺は……おまえを、大衆の羨望の中で……ひとりぼっちにはしない。絶対に」

「……うん……」


 ピグトニャからもらったハンカチで必死に涙を拭い、それでも収まらなかったので、私はうずくまって泣いた。自分がこんなに泣くとは思っていなかった。私はずっと……自分のことをどこか客観(メタ)的に見ていて、悲しみも楽しみも、まるで本を読んでいるように、外側から味わうものだった。それが、ただ友達に話す、それだけのことで、こんなに……こんなに、自分ごとになるなんて。27年生きてきて、こんな簡単なことを……初めて知ることになるなんて。


 今まで、メヒェリエに来る前からずっと、人から相談を受けることが多かった。重い話を聞く側だった。必要なことを言い当て、余計なことは言わずに、さまざまな人から信頼を得た。ピグトニャの言うように、簡単なことのように、最適な選択肢を選び続けた。こっちにきてからも……心の痛みも、お人好しさも本物だけど、段々この星に慣れてきて……驚きや新鮮さによってもたらされていた、束の間の素直さを失い、地球にいた頃の私と同じ性格になっていった。きっと、それが花開いたのが、<霊界の読者(メタ・リーディング)>なのだろう……。


「天啓学は確かに正しそうだな。落ち着いたら次の話をしよう」


 ピグトニャはそう言って、それから30分は待ってくれた。なにもかもが貴重で、ありがたかった。

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