二兎を追うもの
「……ソメヤ様? 起きました?」
「……おはよ。チェレーゼも起きてたんだ」
「3分前くらいに。評判はニュースなんかで伝え聞いていましたが、軍の仕事、忙しいんですねえ。ピグトニャが、最近働き詰めだったから寝かせてやって、って……叩き起こすかと思ったのに。ソメヤ様のこと、相当心配なんですね」
「別に……」
「あら、照れ隠しですか?」
「そういうんじゃない……」
本体であるチェレーゼの起床と私の起床に、タイムラグがあったようだ。やはり、分霊を生み出して、それと会話をしているだけ……オリジナルは関係しないらしい。時計を見ると、面会終了まであと5分に迫っていた。
「ごめんね、貴重な面会時間に」
「お互い様です」
「眠ってもらう件は……また話そう。ねえ、チェレーゼ」
「どうしました?」
彼女の顔に、さっきまで話していた分霊の影は見えない。私と話していた記憶は、少しもないと見るのが正しいだろう。ならば、あらためて伝えなければならない。
「生きていて……死なないで。心中なんて許さない」
「……」
「全部終わったら、魔法茶を淹れて。錬金術を教えて。あの遊園地も行くよ。約束したこと、全部やろう」
「……ええ」
「チェレーゼに何も話せてないけど、私たちはずっと動いてる。あなたを諦めない。……ヴェーラのことも」
「!?」
チェレーゼとピグトニャはそっくりな顔で狼狽する。何を言い出すのか、そう思われているのが伝わる。
「ソメヤ様……本気ですか? これはふたつにひとつしか選べない問い……どちらも選ぶだなんて」
「日本にも、"二兎を追う者は一兎をも得ず"……って言葉があるんだけど、それは凡人向けの教訓だから。私はどっちも得てみせる」
「……本当に?」
不安そうな彼女に、私は笑って見せた。
「本当だよ。だって私、勇者だから」
チェレーゼはしばらく堪えていたが、そのうちぼろぼろと泣き出した。ピグトニャは困惑しているが、さっき分霊と話した私にはわかる。チェレーゼにはつらいのだ……ヴェーラを殺すことが。ヴェーラを愛し、守るために生まれた存在なのに、使命に反して刃を向けることが。もう何度も何度もヴェーラを痛めつけ……そのたびに、チェレーゼも痛いのだ。そんな思いはさせたくない……あなたが、できるだけ優しい人として過ごせる日常を、私がつくってあげたい。
『ソメヤ様のように、無窮の優しさを持つ人は……私とは決定的に違う。私は、神から優しさを借りているに過ぎません……私は私が善い人間であるために、努力をしないといけません……でも、あなたたちは……ただ生きているだけで、とめどなく優しい。痛々しく映るほど』
私の狂言自殺のあとで、チェレーゼが呟いていた言葉だ。そんな違いなどなくしてしまえるほど……世界を優しくできたなら?
「ソメヤ様……私は心配です。あなたがその優しさのために、身を壊してしまうことが」
「心配はこっちだよ。大丈夫だって、引き際は弁えるから……ね、安心して」
「……」
チェレーゼの頭を軽く撫でると、彼女は少し落ち着いたのか、眠たいのか、半目でこちらを見つめた。私はそこに語りかける。
「ふたりとも諦めない……ヴェーラ、聞いてる? 聞いてるよね、チェレーゼの認知全てを共有してるのだから……」
「……」
「私は敵じゃない……あなたを殺さない。あなたを助ける。チェレーゼとは全く別個の人格として……あ。ごめん、それはまだ無理。然るべきときに受け入れる。とにかく……」
「何を……話してる?」
私はピグトニャの質問を無視する。それよりも、今言わねばならない。ヴェーラに最も伝えたいことを……。
「あなたは愛されているんだよ。こんなこと、しなくても」




