ヴェーラの鍵
「私を眠らせる……ですか」
医療器具から発される規則正しいリズムや、廊下の外から聞こえる咳払いや点滴の転がる音、薄いカーテンから差し込む日光、少し古びているが清潔な室内。その中にひとり寝そべり、前に来たときよりもさらに病人らしい見た目になったチェレーゼは、こちらを見ようともせず、天井を眺めながら答えた。
「普通なら……良い手です……しかし、ソメヤ様も、ピグトニャも……いつかは私を目覚めさせようとしますよね?」
「え、それは当たり前で……」
「ダメです。それをやるならば、絶対に、私を起こしてはいけません」
「……え?」
意味がわからずに固まっていると、チェレーゼは続きを語ってくれた。滔々と、感情を排するように努め、静かに事実のみを伝えんとする意思が、波のように広がってくる。
「私は毎日、薬や魔法で昏睡状態に陥り、きっかり8時間眠った後に目覚めます。そう病院に頼んでいます。眠っている間ですが……実は、ヴェーラと話しています。殺そうとも試みるのですが……死んでも蘇るんです。人格を破壊すべく、拷問も試しましたが……なかなか上手くいかない」
「そうだったんだ……」
「ええ……それで、色々話したり、何度も殺したり、痛めつけたりして……思い出してきました。私がどれだけ、あの子を守りたかったか……」
「……」
「それが隙になる……長い眠りの中で……私はいつか、負けるでしょう。だから起こしてはいけない。やっと気づいたんです。あの子の天啓の、鍵に……」
「!?」
ピグトニャが驚く。毎日のように病室に来ている彼が知らないなら、一切話したことはないのだろう。
「ヴェーラのことを話せば話すほど……あなたたちにも、隙が生まれうる。怖かった。特に、ソメヤ様……あなたは、優しいから」
「……そうでもないよ」
私の声を受けたチェレーゼは、やっとこちらを向いて、弱々しく笑った。入院直後より体調が悪そうだ。精神も不安定になりがちで、飲む薬の量が増えているという。それでも、私の目を見つめ、私の素質を測ろうと試みる。
「……うん……なんだか、顔つきが変わりました。もっと頼れる人になった。必要な情報ではありますし……私ひとりでは戦えないとも、わかってきました。だから、今なら、話してもいいかな、ッ……う……」
言葉に詰まったチェレーゼは、震える手で、何かのスイッチを押し始めた。
「あれは鎮痛剤を流し込むスイッチだ……ヴェーラが攻撃してきている!」
「チェレーゼッ……!」
心配して前のめりになった私たちへ、彼女はなんとか体を向けた。
「聞いてください……ッ、鍵は……、ヴェーラの、天啓は、おそらく……!」
鎮痛剤のスイッチを何度も押しながら、か細い声で、訴える。
「自分を愛する者に……乗り移る……力……!」
そうして、彼女は気絶した。私は慌ててナースコールを使おうとするが、ピグトニャが止めてくる。
「待て……<リーダビリティ>を使え! 気絶してる今しかない……! こんなチャンス、病院に忍び込むんじゃなければ、二度とない……!」
「でも、」
「姉さんは死なない! 痛みで気を失ってるだけだ! いつ起きるかわからない、次起きたときに姉さんの人格かどうかもわからない。早くしろ!」
姉の体調悪化には誰よりも敏感で、この世の誰よりチェレーゼを心配している彼が言うのだ。私が逆らう理はなかった。
「……わかった。でも、私が使うのは<リーダビリティ>じゃない……もっと、心の奥深くに行く」
私の発言を受けたピグトニャは、少し不安げな、怪訝な顔をする。
「……この前使っていた……新しい、魔法か?」
「そう、超チート級。あとで教えてあげる」
危険だ……危険な賭けになる。戻れなかったらどうする? ピグトニャを一人で置いていくのか? 今おまえまでいなくなったら、そう泣いていた彼を思う。しかし、賭けるなら今しかない。ここまでの思考、1秒もかからず。
「……行ってくる」
「あ、おい!」
結局私は、彼の困惑を無視して起動した……<固有応用魔法:霊界の読者>。チェレーゼ。まだ言いたいことあるよね? 私に話して……なにもかも。




