霊界の読者
「……あなた、ユーシャ・リリヴェージュ?」
「……そうです。どちら様ですか?」
そこにいるユーシャは、あの部屋のユーシャより随分若く、20歳ぐらいに見えた。髪の毛も短い。人当たりの良い笑顔を浮かべているが、その裏の警戒心を隠しきれていない。目がまったく、笑っていない。
「私はソメヤ・イストゥール。ピグトニャやチェレーゼの友達」
「……二人に、僕の知らない友達が? 僕ではなくて?」
「そうだよ。あなたが眠ってから、もう9年は経ってるから。ここは精神世界……わかってるでしょ?」
そういうと、ユーシャはあたりをきょろきょろと見渡した。ここが何もない世界であり、自分の心の動きによって如何様にもできる世界だと、わかったようだった。
「たしかに。僕の精神のあり方で……人を攻撃することもできてしまう」
体の細い野良犬が、どこからともなく大量に現れ、ユーシャをリーダーとして集った。ユーシャは無言で、行け、と指図する。
「私は敵じゃないよ。だから戦わない。怖がりもしない。チェレーゼを助けて欲しいだけ」
野良犬たちはぴたりと止まる。
「今、なんて……?」
「チェレーゼを助けて欲しい。そのために、あなたの記憶が必要なの。ここはあなたの精神世界……追い出すことはいつでもできる。私の話を聞いてからでも、遅くはないでしょ?」
この魔法……<霊界の読者>は、どうやら、霊界……精神世界にやってきて、そこにいる者と対話ができるらしい。対話によって、相手のことを読むということだ。普通の<リーダビリティ>は使えない……それどころか、他の魔法もまともに使えない。ただ、意思の力、それだけで、ここに立っていることがわかる。
固有応用魔法……それは、天啓の完成までへの道のりにある、階段のようなもの。1段目は固有魔法……魔法適性者なら誰にでも与えられる。2段目は遥かに高く、3段目はさらに高い。登るにつれ、徐々に、完成へ向かっていく。どの時点で完成となるかは人による……ひとっ飛びで完成に至る者もいれば、100の固有応用魔法を持ちながら完成しない者もいると聞いた。2個目の魔法があっさり解放されたということは、私は後者なのかもしれない。
なんにせよ恵みだ……これなら、ヴェーラとも話せる可能性がある。今回の対話で、挙動を理解したい。
「チェレーゼに、何が?」
「……ざっくり説明すると、チェレーゼは二重人格なの。もう片方の人格が攻撃的で……追い出すなりなんなりしないと、チェレーゼの命が危うい。だから、その人格の情報が欲しい。あなたはきっと、接触したことがあるはず」
「……あなたがチェレーゼの味方であるという根拠は?」
「……チェレーゼの話、たくさんできるよ。何気ない話……。飲み会での様子とか、ピグトニャとの仲の良さとか、恋バナとか」
「恋バナ……?」
彼は少しショックを受けたような顔をし、それに合わせて野良犬たちもしょげはじめた。ここは霊……つまり、精神や魂の世界だから、彼の精神状態が大きく影響するし、ポーカーフェイスもできない。つまるところ、本物より扱いやすいのだろう。私は思わず笑った。
「チェレーゼさ、いつもピグトニャが彼女作らないのを心配してて……でも本人も彼氏いないから、自分を棚に上げるなって言われてるって話。ショックを受けなくてもいいよ」
「な、なんだ……そっか。他には……何かある?」
情報を引き出すには、こちらを信用させなければならないらしい。私は色々なことを話した。大会でのこと、クエストでのこと、毎朝起こしてくれたこと、いつも飲み代を多めに出してくれること、不味すぎる魔法茶のこと、錬金術を習いたいこと……。ユーシャの緊張は解けてゆき、その度に野良犬が1匹1匹、消えていった。最終的に、彼ひとりになる。
「……色々と聞けて嬉しいよ。でも、僕はそこにいないんだね」
「あなたはずっと眠り続けてる。でも、あなたの体を……二人がずっと世話してる。髭剃って、髪とか体洗って」
「……それはありがたいな。にしても僕は……プロポーズの直後に気をやって、ずっと目覚めてないってことか。情けないな」
「うん。早く起きなよ」
「起きれたら起きてるよ。それに、君は二代目の勇者なんだろう? 僕はもう世界に要らないってことじゃないか」
「まだ若いね。今20歳だっけ。世界がどうとかじゃなくて……チェレーゼとピグトニャは、私が勇者になった後でも、あなたのことを必要とするよ。だから、あなたの体を洗うの」
「……そう。でも今起きるのは無理だ。それで……チェレーゼが二重人格って話だったかな」
「そうそう」
彼はやっと話す気になったらしい。私が色々と尋ねると、彼はしばらく考えてから口を開いた。
「あくまで僕の視点だけど……伝えよう。必要そうなことを」




