隠し場所
見覚えのある扉に、ピグトニャがノックをする。
「来たぞ、ユーシャ」
「お邪魔します……?」
昨日来たばかりなので、髭もほとんど伸びていない。そのためか、ピグトニャは特に作業をせず、頭をひとなでしてやるだけで済ませた。
「……やってくれ。ユーシャの代わりに、俺が許可する。怒られたら俺が説明を……はは、怒られる日が、来たら、いいんだが」
私は静かに頷いて、キーボードを顕現させた。口承でもよかったが、ピグイタンの勇者への……せめてもの敬意として、タイピングで詠唱したい。
──我に見せよ……あなたのステータスを。
「……ごめんなさい」
意識がない人なら障壁はない……それはチェレーゼで証明済みだ。ユーシャの心に壁はなく、私は内心へ潜ってゆく。
『どうせ天啓を使うなら……何か今の状況を打破できる情報がないか、見てきてくれ。俺も一緒に背負うから……俺も、全部一緒に見る』
基本ステータスが表示される。オリバーのときと同じように、ピグトニャにテレパシーで全部情報を渡す。さらにユーシャに集中する……。まずはあなたの体にある……隠しポータルの場所を教えて。
「……首か。俺にも教えてくれなかった……そんなところを切り裂くなんて、姉さんもユーシャも、勇気あるな」
ピグトニャは、顎と首の継ぎ目に触れる。隠しポータルを外から開けるには、本人の設定したパスワードが必要らしい。
『冒険前には遺書を……書いてた。その中に、隠しポータルのパスワードも書いてたし、誰かに伝えられるようにしていた。でも、冒険は終わっていたから……読まずにみんなで燃やしたんだ。無事に帰れてよかったって。だから、本人以外は……誰も知らないはずだ』
あなたの隠しポータルの、パスワードを……教えて。
「……よし」
ピグイタン語のランダム文字列らしく、よくわからなかったが、ピグトニャには通じたらしい。震える手でハムストリの箱を取り出し、ゆっくり喉元に収めてゆく……。
「ごめんな……ごめん、ユーシャ。でも……おまえ、もう……魔力反応がないから。悪く思わないでくれ」
そう、どういう仕組みで生きているのか全くわからないユーシャからは、魔力反応さえ感じられない。チェレーゼの<ハンティング>も使えなかったらしい。つまり、ハムストリの箱が万が一暴走して、魔力を吸い尽くしたとして……何も問題はない、ということだ。その状態で放置しておけば、よくないことが起きるかもしれないが……ピグトニャが死ぬより、余程マシだろう。隠し場所にとって不足なし……ヴェーラにだって思いつくまい。思いついたとして、開けない。
次は中身リストを表示する。遺産に当たるものがあれば、形見分けをしたいらしい。
「なんだこれ……しょうもないものばっか入れてるな……」
ユーシャに集中している今でも、ピグトニャの声が涙声になったのを、私は聞き逃さなかった。ピグトニャはすべて丁寧に取り出す。メダイ、1冊のアルバム、短剣、造花のバラ……。
「このメダイは……聖ジェルジオ、戦士の守護聖人だ。ユーシャの洗礼名もジェルジオで……育ての親からもらったものだったはずだ。このアルバムは……なんだよ、俺らの写真しかない。自分の写真も入れとけ……。これは冒険の前、思い出にって姉さんに作らせた、本物そっくりの"リリヴェージュ"の造花……意外とロマンチストなんだよな。武器は短剣くらいか……ガキの宝箱じゃないんだから。これじゃ、なんのための隠しポータルだよ……。あとは……」
封筒がみっつ、出てきた。それぞれ、名前が書いてある。
「お父様とお母様へ……親愛なるピグトニャへ……愛しの、チェレーゼへ」
私は一旦、<リーダビリティ>を止めた。それどころではなさそうだった。
「遺書だ……多分、パスワードとかじゃなくて……気持ちを書いただけの」
ピグトニャは、自分宛の封筒を震える手で持っている。私はただ、静かに待っている。
「ユーシャは死んでない……、でも、目覚めないかも……目覚めないときに、読んで欲しかったものが、これなら……いや、今はそういう場合じゃ……」
「読みなよ」
「……」
「私なら、読んでほしい。手紙は……読んでほしくて、書くものだよ」
ピグトニャの震えが、ぴたりと止まる。覚悟を決めたように深呼吸してから、私にひとつの封筒を差し出す。
「ソメヤ……頼む、姉さん宛の手紙……おまえが預かってくれ。中身を読んで……ヴェーラに見せても問題なさそうならすぐにでも、ダメなら戦いが終わった後に……姉さんに渡してほしい。愛しの……チェレーゼ……。正直、俺には、渡せる気がしない」
「わかったよ。大丈夫。しっかり……預かっておく」
私はその場で手紙をポータルに入れて見せる。ピグトニャは安心したような顔をしてから、自分宛の封を開け、便箋を何枚か取り出した。
「量多いな、筆まめかよ……字、ちっさ」
そして、私を隣へと呼び寄せる。
「ごめん……その、一緒に……読んでほしい。ひとりで抱えきれない……情けないけど……」
「大丈夫……大丈夫だから。一緒に背負うよ」
「……ありがとう……」
私にとっては知らない人だが、ピグトニャにとっては、親友で、家族で、勇者で、そして……自分が殺した人。その、おそらく最期の手紙を見るのは、どれほど恐ろしいことだろう。私は彼にそっと寄り添う。ごくシンプルなデザインの便箋を、二人で一緒に覗き込んだ。




