人体改造
会議室よりも安全性の高いところが良いというピグトニャの意向に従い、中抜けしてピグトニャの家へ来た。もちろん、また面倒なゴシップを流されないよう、違法な隠匿魔法を使いながら。私にも教えてくれたらここに住めるのでは? と聞いたら、おまえがヘマして逮捕される可能性の方が大きい、と言われてしまった。玄関を潜り抜けると、入ったことのない部屋に案内される。
「一応、ここが客間だ。今まで雑に部屋に連れ込んでて悪かったな」
「客間……? お金持ちすぎる……掃除とか面倒じゃない?」
改めて見渡すと、ピグトニャの家は、装飾などは少なく簡素だが、とにかく広い。ひとりで暮らすには持て余しそうだ。
「週に2回、家事手伝いを呼んでる。信頼できるやつ……というか、僕のひとりだから、セキュリティ面はほぼ問題ない」
「……ピグトニャの僕って、何人いるの?」
「内緒。でもまぁ、両手では足りないな」
それだけ名声のある、偉い人なのだと考えると、不思議な感じがする。そう思う自分にも、既にふたり、実質的には38人の僕ができている……あまりの責任の重さにくらくらしてきた。
「で、タスク整理したいんだっけ。俺も姉さんからの手紙を渡したかったから、ちょうどいい」
私たちはお互いに持ってる情報を交換し、手紙を読み、状況を整理した。すると、次のとおりタスクが浮かび上がってきた。
(1)多国籍隊の安定運用。特に、コロネ二等兵の扱いについて。
(2)チェレーゼの扱い。ヴェーラの攻撃のためにかなり憔悴している。退院はしばらく難しい。ヴェーラを早急に無力化するか、チェレーゼを昏睡させるかの決断。
(3)ヴェーラとオリバーについての調査。まずは、エイリムが接していたチェレーゼの情報がすべて欲しい。彼女の動きから、無力化の方法や天啓を探る。
(4)ハムストリの箱の扱い。
(5)勇者候補プロジェクトの今後。
(6)緩衝地帯への国家樹立。
「(5)と(6)は後回しでいい。(1)は……二重スパイにできたら一番嬉しいが、難しそうならソラージルへ、コロネは失敗したと通知を出す。あの国で失敗は死を意味する……そうすれば、ピグイタンに従う他、生きる道はない。この辺りはガネットが慣れてるから、上手くやってくれるだろう」
「じゃあ、私たちがやるべきなのは(2)から(4)?」
「そうなる。これは俺らでやるしかない……(2)の決断をするために、(3)を進める必要がある。パパと会わなきゃいけないな……」
「(4)は? 私、いまだに……ハムストリの箱ってなんなのか、知らないんだけど」
「あー、そうだよな。じゃあ、まずはそれの説明をしよう」
ピグトニャはどこからか、ハムストリの箱を取り出した。あまりにも綺麗な立方体で、幾何学的すぎて……見ているだけで不安になる。
「これは簡単に言うと……科学省技術部の所有する、魔力にのみ作用するブラックホールだ」
「ブラックホール……?」
私の問いかけに応じ、ピグトニャは図解をしてくれる。意外と絵が上手い。
「休眠期間中は、命令に応じて魔力を吸うぐらいしかできない、ただの四角いオブジェ。休眠期間が終了すると、命令に応じてパカっと開くようになり……中身が露出する」
露出した中身として、禍々しい球のようなものが描かれる。
「それは……触れた物の魔力をすべて奪い尽くす。主人からの休眠命令があるまでひたすらに吸い尽くし、命令に応じてまた眠りにつく。休眠期間は固定ではないんだが……データから推測できる。今回はあと3年程度だ」
「めちゃ危ないじゃん!」
魔力を吸い尽くす、ということは、生命活動に必要な分まで失うということだ。危険すぎる。
「そうだな。だが、管理下に置いておけばそんなに怖くはない。目覚めていても命令がなければ開かないし……密閉された空間で一瞬目覚めさせ、すぐに休眠命令を出せば、数年は眠ってくれる。眠ってる間は、何をしたって開かない。実際、今まではずっとそうしてきた。実戦に使われたのは魔王戦だけだ。ただ……燃やしても壊しても溶かしても、びくともしない……それだけが恐ろしい。処分方法がずっと研究されている。作られたのがどこなのか、何年前なのかもわからない……不気味な代物だ」
「へえ……そんなヤバいものを外部へ持ち出すのを、エイリムは許容してたんだ」
「いくら休眠中とはいえ……不用心にすぎると、俺も思う。まあ、それも逆に研究者っぽいって感じ……。時間があると思って放置してた俺も俺だし……」
それは仕方ないよ、と慰めると、彼は俯きかけた頭を戻し、しっかりこちらを見据えて話した。
「ヴェーラが何を目的にこんな劇物を持ち出したのかは不明だが、だからこそ向こうに渡すわけにはいかない。ひとまずは、ここに入れている」
ピグトニャは左の手のひらを見せてきた。わけもわからず見つめていると、彼は何やら右手で打ち込んだあと、生命線のあたりをつうっとなぞった。すると、まるでチャックが開くように、生命線を起点として手のひらが避け、空間が開いた。私は仰天する。
「隠しポータルだ。本当に大切なものはこっちに入れてる。ハムストリの箱並のものだけを」
「ひえぇ……」
「気持ち悪いだろ」
「正直怖い」
ピグトニャは私を揶揄えて楽しいのか、からから笑う。
「怖いだろうが、おまえも作ったほうがいい。平時はまぁいいが、戦いに行く時は特にポータルって重要で……俺の場合、この隠しポータルに重要なものを入れ、そのほかに3つぐらいポータルを用意している。その3つには、キーボード、武器、回復アイテム、みたいなのを同様の量入れる。どれか一つ奪われても平気なように」
「戦い……」
そういえば前回の戦いでは、ポータルの整理もせずに向かってしまった。なんとかなったからいいけど、流石に不用心だったなと反省する。
「とはいえ……一番便利なこの隠しポータル、姉さんしか作れない上、違法行為なんだよな。人体改造は禁止されている」
「君たちって法を無視しすぎじゃない?」
「おまえの体にポータルを作るとしたら、ヴェーラとの戦いが終わった後の話になるな」
「私の体にも違法ポータル作るんだ」
ピグトニャは私の発言を無視した。
「俺の左手に隠してることはバレてる……というか、簡単に推測されるだろうが、今のところ、ここ以外に良い収納場所はない。どこにヴェーラの手が回っているか、まだ判明してないからな。何か良い場所が浮かんだら教えてくれ」
「チェレーゼ以外に、そういう錬金術が得意な人いないの?」
「いたとして、違法行為に巻き込めないだろ。俺が作れたらいいんだが、人体改造は苦手なんだよな……。テスト用の実験台も用意しなきゃいけないし……」
「……チェレーゼはどうやって実験したの? まさか、人体実験……」
「流石にそれはない。動物を使ってたよ。俺はそういうのあんまり……姉さんは解剖とか動物実験できるタイプ」
「しっくりくるな……」
とにかく、新たな場所にポータルを作ることはできないらしい。それなら……。
「あ、思いついたかも。隠し場所」
「どこだ? 貸金庫とかはダメだぞ」
「ううん。今と似たような場所だよ。技術的に可能ならいいんだけど」
首を傾げるピグトニャに説明する。少し悪い気もするが……悪い行為であればあるほど、推測はされにくいはずだ。全てを話し切った後、ピグトニャは案の定驚いたような顔をして、言った。
「おまえ……サイコパスか?」
「合理的と言ってもらいたい」
「いや、でも、いいな……うん、いいぞ。気が狂ってないと思い付かないし……体内に入れてると、ほぼ無いとは分かりつつ誤作動の可能性が怖いが、これなら問題ない。それに、おまえの固有魔法がないと開かない……うっかり誰かに口外されることもない」
「気は狂ってないよ」
「よし、そうなれば急ごう。ついでにパパに会おう」
ピグトニャは私の発言を無視し、隠しポータルにハムストリの箱をしまい、席を立った。魔力を吸い尽くすブラックホールを体にしまう……考えるだけで恐ろしい。この急ぎ方から察するに、かなり嫌だったに違いない。それを解決する方法を編み出してあげたのに、サイコパスだの気が狂ってるだの、失礼な話である。




