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介護

 ベッドの上に横たわり、静かに寝ている男。サルーニャの家で見たカレンダーよりも、ずっと老けて見える。おそらく、口や顎周りの無精髭のせいだろう。そしてかなり髪が長い。ひとつにまとまった、太めの三つ編みになっている。


「少し待っててくれ」


 促されるまま椅子に座り、ピグトニャを眺める。ポータルからカミソリやら何やらが出てくる。彼は優しい手つきでユーシャの髭を剃り、眉毛を少しばかり整え、髪を解き、体を起こして道具で支え、水魔法をうまく使ってシャンプーをしてやった。魔法で生まれた水だから、蒸発させるのも簡単というわけだ。これがあればドライヤーなんかわざわざしなくていいんじゃないか? ああ、でも髪に悪そうな気がする。先人がやってないということは、何か問題があるということ。実際、やたら丁寧にヘアケアされてるし。自爆するのはやめておこう。


 ユーシャは服を脱がされ、同じように洗われ、新しい服を着せられた。下半身を洗うときは、ピグトニャが壁のようなものを用意して、私の視界から隠した。全てが終わると再び寝かされ、丁寧に髪を編まれ、また元のような姿になった。最後に治癒魔法がしばらくかけられた。


「長くなって悪い。普段は姉さんとふたりでやってるから」

「いや……いいよ。全然、大丈夫」


 ピグトニャによってケアされた顔は、髭がなくなったこともあってか、多少精悍さを取り戻していた。


「その人が……ユーシャ・リリヴェージュ?」

「ああ。今は眠っている。不思議なことに、食料も何も必要としない。体は大きくなり、髭は生え、代謝もしているのに……どこからエネルギー得てんだか。この状態で、9年ほど、目を覚ましていない」

「9年……」

「魔王退治の数ヶ月後、ユーシャは倒れた。以降はずっとここにいる。表向きには行方不明ということにしている……体だけでも強奪しようとする奴が、現れないとも限らないから」

「そうだったんだ……」


 こんな大事な場所に連れてきて、大事な人の前で話したい夢とはなんだろう。チェレーゼが前に言っていた、『魔法差別の根絶』とは違うものなのだろうか。


「夢を共有するなら、姉さんも同席させるべきだが、入院してるし、ヴェーラのこともあるし……ダメとは言わないはずだ。聞いてくれるか」

「なんでも聞くよ。ピグトニャが話したいことなら」


 彼は礼を言い、両手を組んで、背中を少し丸めながら話す。


「俺たちの夢……それは、緩衝地帯を……国にする、ということだ」

「国に……?」

「ピグイタンが侵略するなり……エイシェストが復興するなり……なんでもいいが、とにかく、なんでもありの無主地にしておきたくないんだ。これは郷愁や地元愛なんかからくるものじゃない。俺たちの故郷を……俺たちは、あんなゴミ溜め、そう思ってしまっている。爆散して消えて無くなればどんなにいいかと考えている。でも、そこで生きる人がいるんだ。それなら……俺たちの世代はもう無理でも、新しい世代だけでも……誇りを持てる場所にしたい。それには国家が必要だ」


 ピグトニャは私の様子を見ながら続ける。


「国家の成立要件はいくつかあるが……最も大切なのは、国民。これは沢山いる……が、説得が難しい。あの土地で生きていると……何もかもがどうでも良くなっていく。国とか政治とかじゃなくて、明日の飯のことを考えたいんだよ。そういう奴らにも届く希望……強い救世主(メシア)を俺らは求め、自分たちがそれになろうとした」

「……」

「実際、全く成功の目がないわけじゃなかった。魔王戦の舞台は緩衝地帯だったから……俺たち、特にユーシャに直接命を救われた者は多かった。それに、ピグイタン神殿は、昔からあそこで奉仕活動をしている。ピグイタンは、あの、世界に見捨てられた地を、唯一見捨てなかった……だから俺たちも拾われた。パウラ神殿という神殿も建ててあって、その辺りには、かなりピグイタンに親和的なコミュニティができている」

「……」

「だが、俺たちは……緩衝地帯の独立を宣言する前に、一度ピグイタンへ帰ってしまった。やるならあのタイミングしか……魔王を倒したあの瞬間しかなかったのに!」


 ピグトニャは心底悔しそうに、ユーシャの眠るベッドの端を叩く。


「なぁ、ユーシャ……俺ら、未来があると思ってたよな。あの場で建国宣言をすれば、なんて、結果論だ……あのときは魔王を倒すので精一杯だったし、ユーシャと姉さんだってまだ10代で、俺なんかまだ、15だったんだ……俺らには未来があって、もっと良いタイミングだって、あったはずだった……」


 ユーシャ・リリヴェージュは答えない。


「ソメヤ……協力を求める以上、俺は話さなきゃならない。……ユーシャをこの状態にした、俺の……天啓のことを」

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