主従の契り
「ソメヤ、今回はよくやった。おまえ、演説の才能があるんじゃないか」
「このために戦意高揚プロパガンダ動画をエンドレスで流されてたもんね、ほんとよく言うよ」
国際魔法連合軍ピグイタン支部、第一小会議室。そこには先の作戦における総司令ピグトニャ・イグノジー、上等兵ソメヤ・イストゥール、そして……。
「ファーニャ・イズダ工作員。あの『勇者』はファインプレーだった」
最初に「勇者」と呟いたソラージル兵……こと、ピグイタンの特殊工作員、ファーニャ・イズダがいた。
「いえ……本当は、自分にはあの魔法がかかってませんでしたから……いくらでも言い逃れて、ソラージルに戻り、もっと国に尽くす道もありました。なのに、思わず……思わず、口から出たのです。ユーシャ・リリヴェージュ様も、いまだ見つかっていないというのに……どのような罰も受ける覚悟です。申し訳ございません」
「罰なんてとんでもない、ファーニャ君……俺は褒めたんだ。言葉どおり受け取っていい。工作員としての任期はあの日付で終わりだ」
ファーニャが驚いて顔を上げると、その視界には、ピグトニャの……彼が今まで見た中では一番、優しい微笑みが映っていた。
「おかえり……今までよく頑張った」
ファーニャは、敵国でひとり、孤独に立ち回っていた日々を回想し、思わず涙を流す。
「ありがたきお言葉……!」
ピグトニャはポータルから取り出した綺麗なハンカチをファーニャに手渡してから、プロジェクターのセッティングをして、動画サイトを映し出す。流れているのはあの日、記録班が撮影した動画を、かっこよく編集して、よりソメヤの勇者らしさが映えるようにした代物だ。
「この前の戦闘シーンは動画サイトにアップしてるけど……このとおり、君の顔は映ってないし、あの時は変装もしてたから……うまく日常に戻れるだろう。URLいる?」
「個人的に見たいです。かっこいいので」
「恥ずかしいんだけど……」
コメント欄には[次の勇者?][最強決定戦の人やん][かっけー][強すぎワロタ][この兵達ガチで来るん?]など、自由な意見が飛び交っている。そしてマスコミはヒーローインタビューを求め、軍本部に押しかけている。そのため、ソメヤたちはここ数日外出をしていない。ソメヤが、現実から切り離されているかのようにぼんやり動画を眺めていると、ファーニャが唐突に話しかけてきた。
「ソメヤさん……ありがとうございました」
「え? 私は君に何も……」
「いえ、あなたに助けられた人の中には……私の友もいたんです」
「……」
ファーニャはより涙を流し、それをピグトニャのハンカチで押さえる。
「工作員とは、そういう仕事です。敵国に馴染むため、情報を得るためなら友も……時に、恋人も……作り、そして、すべてを欺く必要がある。国に殉じ、自らも友も捧げ尽くす覚悟、その忠義はあるつもりでした。けれど、実際に彼が救われてみると……こんなにも、嬉しい、なんて」
「ファーニャさん……」
「あなたのおかげで……あなたは真に勇者です。……ありがとう」
ファーニャは立ち上がり、ソメヤに抱擁を求めた。ソメヤはそれに応じ、彼を力一杯抱きしめてやった。
──違う……自分はまだ至らない。もっともっと……力が欲しい。
ファーニャが落ち着き、3人は会議室から出る。
「いやー、まだマスコミいるみたいだね。困った……ファーニャさんは他の兵と一緒に帰ってね。行くあてはある?」
「ピグトニャ様が家を手配してくれました。大丈夫です」
「ファーニャ、また連絡する。報酬の話も……」
「ソメヤ様!」
そこへ走ってきたのはガネット・ザクロ。ソメヤをかつて禁忌と呼び、ピグトニャから叱責を受け、今回は副指揮官として活躍した兵である。ソラージル軍鎮圧後、避難していた民間人が元の生活につつがなく戻れたのは、彼女と、指揮官であるイシューの功績が大きい。ソメヤはなんかかっこいいことをしただけで、そういう実務は得意ではない。ファーニャはただ事ではない空気を察し、静かに去ってゆく。工作員らしく、足音ひとつも聞こえない。ソメヤは名残惜しく思いつつも、走り寄ってきたガネットに声をかける。
「ガネットさん、様なんていいって、前にも……」
「いえ、ソメヤ様と……そう呼ばせてください。そうでないと落ち着かないのです」
「え?」
ガネットは興奮した様相で、ソメヤの前に膝をつく。
「どうか……私と、契りを交わしてください」
「契り……?」
「前に話した、神前での契約によって……生涯の主と僕を定める儀式だよ。やってやれ」
ソメヤは困惑する。
「生涯のって、そんな簡単に……」
「簡単じゃない。ガネットは本気の目をしている……俺の時と同じ目だ。おまえに忠誠を誓いたいんだ。受け入れるのも強者の役目、俺の言うとおりにしろ」
ソメヤはしばらく思案し、努めて優しい声で尋ねた。
「ひとつ聞いていい? どうして……そうしたいと思ったの?」
「……私は間違いを犯しました。あなたを禁忌と呼び……礼節を捨て、恐れました。なのにあなたは許してくれた……二度も」
「二度?」
「ええ……一度目はもちろん直後に。二度目は……戦場で、恐れてもいい、と言ってくれたときに」
その場にいる者全員が思い出す。あのとき、ソメヤが出した結論を。
『恐れていいっ……! 誰だって怖い……! 自分より強い人……自分の持たない力を持つ人は……!』
『全員許す……!』
『私のことを、化け物と……! 悪魔と……! ……禁忌と……! そう呼んでくれて構わない!』
「あのとき私は……自身の発言を深く後悔しました。私のような愚か者が……あなたのような優しい人を排斥し……恐れ……怯え……! 小動物のように震え! そのためにあなたがいなくなることになるのだと……でも、あなたはそうしなかった!」
「……」
「あなたは……勇者! どうか……我が君、ソメヤ様と呼ばせてください……!」
そこまで言ってから、ガネットはやっと隣にいるピグトニャが目に入ったようで、はっとした顔つきになった。
「あ、あの、我が君……ピグトニャ様が許すなら」
ガネットは、同様の儀式をピグトニャとも交わしている。複数人と交わすこと自体に問題はないが、主人同士が敵対すると困るので、通常、そう何人もと交わすものではない。
「大丈夫だ、ガネット……許すよ。俺とソメヤが敵対することはない。むしろ、こうなるべきだと考えていた」
「あ、ありがとうございます……!」
「ソメヤ、やってやれ……。ガネットのような優秀な人間が僕となってくれることを……誇りに思え」
「ありがたきお言葉です、我が君……!」
「神官位を返上した俺でもよければ、立会人をやろう。今、ここで」
ソメヤはピグトニャに従い、ガネットの頭上に四つ角の星を描いた。そして、両手で頭に触れ按手をする。
「唯一の神のみ名によって誓う……我、ソメヤ・イストゥールは、あなたの忠義の限り、あなたの期待に応え、あなたを守ることを」
「唯一の神のみ名によって誓う……我、ガネット・ザクロは、あなたが神のみ旨にかなう限り、あなたに仕え、あなたに尽くすことを」
「我、ピグトニャ・イグノジーは、唯一の神の代理として問う。汝ら、生涯にわたり、俗世の事物に関わらず、互いを主、あるいは僕とすることを望むか」
「望みます」
「ならばそれぞれ示せ、忠義と愛を」
そうしてソメヤは按手を解き、右の手をガネットに差し伸べた。ガネットはその右の手を取り、自らの首元に添え、こうべを垂れた。
「ここに契りは示された。汝らに祝福があらんことを」




