垣根なき世界
[ちょっとかっこいいな][正直わかる]「おい私語は慎め」[私語するバカ誰だよ……え?][静かにしろよな][あの人来てくれたらよかったのに][説得失敗かあ][あれ][なにこれ?][お前静かに……は?][え?][口は閉じてる][喋ってないぞ!][固有魔法?][固有魔法かよ!][怖い怖い怖い][バケモン][こんな広範囲に……]
<固有応用魔法:垣根なき世界>。ヤースベツの特訓において密かにソメヤが習得した、ソメヤにのみ許された魔法。
この魔法は対象の心の声を周囲にも伝える。対象の<リーダビリティ>を高める……天啓の一文より訪れし、鍛錬の末に得られる応用魔法。
「貴様……想像以上に化け物だな……!」
当然固有魔法を防いだアザゼルは、何故か嬉しそうに笑い、目を血走らせる。
「しかしもう敵だ……! ならば殺すまで!」
アザゼルの注意は完全にソメヤに向かう。風を切り滑空し、ソメヤの元へ……。
「テメェの相手は……」
背後にも化け物がいるというのに、それを忘れ……。
「俺だろがァ!」
「うぐッ!」
ピグトニャはこの瞬間を狙っていた……アザゼルが完全にソメヤに気を取られ、自分を忘れる瞬間を。今ならばアレができる。アレをされて起き上がれる男はいない。そう……
[金的……][ヒィィィィ]「アザゼル様!」[タマヒュンした][いたそー]「ぼんやりするな!」[容赦ねえ][そんな痛いの?][痛えよバカ][アザゼル様ァ!]「アザゼル様をお守りしろ!」[ピグトニャを倒すのは無理だ!][ピグイタンの悪魔……!][うわぁぁぁもうおしまいだあ! 俺ら殺されるんだ!]「落ち着け!」「精神兵! <正位置>を!」「無理無理無理無理ですアレは私たちがままままず落ち着かなきゃ」[死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!]
……金的である。肉体強化のおまけつき、情け容赦ない金的である。アザゼルにとって最も醜い攻撃、これ以上ない屈辱。彼は地面に落ち、悶え、回復魔法をかけようとするも、追加で鳩尾を蹴られて声が出せない。つまり、詠唱ができない。大魔導士も、魔法が使えなければただの人……戦士ピグトニャの敵ではない。そのうちに、監獄で使われる、魔力素子の動きを抑える拘束具で縛り付けられ、アザゼルの完全敗北となった。
「ぎっ……き、さ……ッ、まァ……!」
「ソメヤ以外目に入らなかったか? 強い魔導士を殺すのが性癖だもんなァ、勃起してんじゃねぇよカスが」
「アァッ……グッ……」
そう、この男、今まで屠った敵の魔導士の首を剥製にして飾っているとの噂が出るほど、魔導士殺しを好む狂人である。身内となれば惜しみない愛を注ぎ、拒否した者は殺して手に入れる。魔導士という存在への歪んだ愛……簡単に殺せないものには、更なる殺意と愛を向ける。チェレーゼやピグトニャもそのひとりであり……故に、今回の捕獲作戦も、強い魔導士であるピグトニャを手に入れる快楽を独占するため、ひとりで表に出てきたのだ。ピグトニャはそれを読み、恐るるに足らずと判断した。結果、ピグトニャから口汚く罵られいいようにされている。哀れな男である。
「みんな聞いて!」
アザゼルの行動不能をピグトニャからテレパシーで受信したソメヤは叫んだ。[何?][アザゼル様が負け……?][これどうしたらいいの?][助けて]などのざわめきが広がってゆく。ソメヤはその動揺へ、音魔法で肉声を強化しながら、一石を投じる。
「正直、アザゼルもソラージルも怖くね? 逃げたくね? って思ってる人!」
……あまりにもアホみたいな質問だが、それがこの場に限っては、凄まじい威力を発揮する。
[そんなわけない!][逃げたい……あっやべえ!][無心無心無心]「逃げたい!」「声に出すやつがあるか!」「同じだろ」[助けて!][アザゼル様を見捨ててはいけない!][もう嫌だこんな国!]「お前そんなふうに思ってたのかよ!」[でも任務に失敗したから……][そうだ、失敗……][アザゼル様はともかく……][失敗した雑魚の俺らに生きる価値なんか……][……死にたくない!][俺も死にたくない!][死にたくない!]
兵たちの内心は、いずれひとつに統合される。
[死にたくない!]
ソメヤはその頃合いを見計らい、指示した。
「みんな、落ち着いて!」
すると、しん……と落ち着き、静かになる。兵たちの内心が穏やかになってるわけではなく、ソメヤが音声をオフにしているだけである。ソメヤから合図を受けたピグトニャは、アザゼルへの攻撃の手を止め、彼が声を出せるようにする。
「ゔっ……はぁ、はぁ……貴様ら……わかっているぞ! 今! 我が国への叛意を持った者ども! この場でッ……名前を呼びッ……処刑命令を下してやろうか!」
[ひい!][そうだ! こんなやつら死ね!][負けたくせに偉そうに……!][ソラージル万歳!][死にたくない!][助けて!][助けて!]「助けて!」
騒動の中、実際に叫びながら走り出した者がひとりいた。混乱したソラージル兵たちは、止めようとする者と、自分もと追いかけようとする者でもみくちゃになる。
「落ち着いて!」
ソメヤは叫び、また、声が止む。最初に走り出した兵を風魔法で浮かせ、防御膜を張りながら、自身の目の前へ連れてくる。膝をつき、震えているその兵に、彼女は手を差し伸べる。
「助ける! ソラージルを出て……ピグイタンの仲間になりたい人がいれば、全員!」
震える手を握り締め、すっくと立たせ、自らの後ろへ促す。守るように。
「あなたたちも! 誰であろうと!」
「信じられるか!」
誰かが叫ぶ。当然のことだ。敵国の言うことを、全員が全員、簡単に受け入れられはしない。ソメヤは肩をすくめ、「じゃあ、とっておきを教えてあげる」と微笑んだ。
「この固有魔法……燃費悪くてさ」
「は?」
「すぐ反動がきちゃう……こんなふうに」
[聞こえるでしょ……私の心の声が]
「!?」
全体がざわついた。確かに目の前の女は、口を閉じている。聞こえてくるのも、確かに音として観測され、記録もできるが、魔力の動きが、肉声ではないと言っている。自分たちの内心の声と、同じように。
「……」
アザゼルはまたピグトニャに口を塞がれ、話せない。すべて、ピグトニャとソメヤの掌の上、彼の激昂さえ作戦の内である。
「私は嘘がつけない! 私が嘘をついたら……矛盾する声が響いたら、その瞬間私を殺せ!」
そうしてソメヤはついに、背後の水をみな蒸発させた。敵意がないことを示すために。ソメヤからすれば簡単なことだが、一般人からすればこれも偉業だ。全員、押し黙る。もう、残りはソメヤのターンだ。
「アザゼル・フーリーは我らの力に屈した! あなたたちが人質にしようとした民も、すべて我が軍が助けた! 作戦目標のピグトニャも、あなたたちの力では捕獲できない! 最後に勝つのは良心を持つ者……つまり! 神のみ旨にかなう者!」
ソメヤの演説は止まらない。矛盾しない。させない。
「良心を持つ者はみな歓迎する! 私が責任を持って面倒を見る! どうせ帰国しても殺されるばかりなら……私に賭けろ!」
本心からの叫びが、死を待つばかりだったソラージル兵の目に光を与える。
「このソメヤ・イストゥール、唯一の神のみ名によって誓う! あなたたちを……守り! 友になると!」
そこに彼らが見るものは何か。化け物か? 悪魔か? 禁忌か? 神か? いいや、どれでもない……。
「……勇者」
ソラージル兵の、誰かが呟いた。死という魔王から我々を救い出した、勇者──。
[勇者!]「勇者!」[勇者!][どうしよう……]「迷うことなんかない!」「勇者だ!」「貴様ら黙れ!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
──ただの掛け声ほど重要なものもない。全ての者が、一糸乱れず叫ぶ咆哮ほど重要なものなど……。
ソラージル支部軍だけでなく、ピグイタン支部軍のものも叫ぶ。ごく一部のソラージル兵と、目を血走らせているアザゼル、そして、誇らしげに目を細めるピグトニャの他はすべて、声帯が千切れんばかりの咆哮をもってして、ひとつの称号をソメヤに与えた──
「──勇者! ソメヤ・イストゥール!」




