私もみんなの中に
次第にアザゼルも気づき始める。彼女の周囲の魔力素子の動きがおかしいことに。手元の詠唱は防御でないと、硬さが足りないはずなのに……理屈が合わない動きをしている。しかし、何を詠唱しているかまではわからない……。
「なんだその女……化け物か?」
「優秀と言って欲しいものだ」
「ああそうだな……おい! ソメヤとかいったか!」
空にいるアザゼルから声をかけられ、口承は続けつつ、彼の顔を見るソメヤ。
「知ってるぞ、貴様……ピックアップされたばかりの新人で、ピグイタン内のしょうもない大会の優勝者だろう」
「……」
「それだけの力がありながら……上等兵! ピグイタンという国はなんと愚かなのか……我が国なら大魔導士として、相応の地位と爵位を用意する! 土地も与えられる! 何より……枷の無い自由な生活が待っている!」
「……枷」
ソメヤは詠唱を止め、アザゼルに応答した。その隙を狙い、兵が攻撃を仕掛けようとするが、それをアザゼルが、無線さえ通さない大声で止める。
「今話してるのが聞こえんか! この愚か者どもがァ!」
ソラージル支部軍は規律の取れた動きでぴたりと止まる。彼らはいつでも攻撃が再開できるよう構え、ふたりの動きを注視する。
「魔導士ソメヤよ……言われたことはないか? 化け物……悪魔……禁忌などと……」
「……」
「あの狭い島国で……思い切り動けたことがあったか? 今見たところ……貴様、50%も力を出してないだろう」
「!」
目が良すぎる。ソメヤは警戒心を強めるが、アザゼルは不気味な笑みを浮かべている。
「たまたまピグイタンに拾われたからと言って恩義を感じる必要はない……詠唱方法の差異も、貴殿ほどの才能ならばなんとかなるだろう……我が国へ来い。そこには仲間がいる! 貴殿や私のように、人の身には有り余る、神の恩寵を授かった仲間が……」
「……」
「優れた者が受けるべきものは賞賛、賛美、信奉であり……愚か者共からの差別ではない! 能無しや雑魚共に尻尾を振る必要はないのだ……どうだ。我の手を取りたまえ……今ならば、暖かく迎え入れよう」
「私は……」
今は、すべてが静止していた。アザゼルとソメヤの他、すべてが。声の聞こえる範囲にいる両軍の兵士がすべて、彼らの言葉に聞き入っていた。禁忌……かつてソメヤにそう口走り、叱責されたガネットもまた、そのひとりであった。
──ああ、これでソメヤ様が靡いてしまったら。もとより我々に協力する強い理由もない異界人。ああ、私の失言のせいで──
顔は青ざめ、寒くもないのに体が震える。彼女は隣の盾兵に支えられ、祈るように次の言葉を待つ。ソメヤ上等兵は、何を言うのか……。
「私は、ズィギズという言葉の意味を変えたい」
すべての聴衆が、思考を停止した。あまりにも予想から外れていて、あまりにも文脈が読めないからだ。
「……なんの話だ?」
「ズィギズは……能無しじゃない。サルーニャは虐待を乗り越えて新たに生きようとしてる……あの少年だって……適性のない魔法ではなく、タイピングに目を向けてくれた……それはつらく苦しい道のり……人間だからできる営み」
「は?」
ソメヤは怒りを込めて、アザゼルを睨みつける。
「ズィギズは……仲間っ……! ピグイタンに住む人、全員が……仲間!」
ピグイタン支部軍はにわかにざわめく。彼らの中には、非適性者の家族ごとピックアップされ、ピグイタン支部に忠誠を誓う兵だっている。非適性者の一族からたまたま生まれた適性者もいる。どれにも当てはまらないとしても、非適性者の友人が、恋人が、本土にいるのだ。ピグイタン王国に確かに流れ続ける、非適性者の脈が……彼らの心をひとつにまとめあげる。
「……能無しどもが仲間ァ……? あいつらに魔導士のことはわからない! わかりあえない! もう一度問う! 貴様は……その力により謗りを受けてきたのだろう!?」
ソメヤは頷いた。
「ならば何故っ……!」
「当たり前のことだから!」
「!?」
「恐れていいっ……! 誰だって怖い……! 自分より強い人……自分の持たない力を持つ人は……!」
ガネットは顔を上げた。
──彼女は……たった今、肯定したのだ。私の恐怖を。心の底から湧き出てきた……彼女への恐れを。
「わかりあえなくていい!」
ソメヤは叫ぶ。叫び続ける。
「全員許す……!」
涙声になりながらも、喉を鳴らし続ける。
「私のことを、化け物と……! 悪魔と……! ……禁忌と……! そう呼んでくれて構わない!」
「愚かなことを……!」
「確かにあなたの言うように……私もみんなの中にいたい! 仲良くしたい! 枷と感じることもある……けれどその枷が愛おしい!」
──私よりも弱いみんな。私はあなたたちが愛おしい。
「みんなと同じにはなれないし……ならない! だって、同じになってしまったら……」
ソメヤの最後の叫びが……本心からの叫びが、Enterキーの打鍵音と共に響き渡る。
「みんなを守れない!」




