規格外の上等兵
兵たちは混乱しているが、この場にいる大魔導士はひとりではない。
「ふん、こんな水、他愛無い……」
もうひとりの大魔導士、アザゼルは、すべてを蒸発させようと手を伸ばす。しかしそれを邪魔するように、立ちはだかる男がひとり。
「おっと、アザゼル卿。雑魚のお守りなんかほっといて……久々に親睦を深めましょうよ」
「我も軍人だ、優先順位を履き違えることはない」
ピグトニャはアザゼルの魔法を防御魔法で防ぎ、近接戦闘に持ち込むため急接近する。
──雑魚どもはソメヤになんとかしてもらうしかない……自分はこの男を生け捕りにする。
ピグトニャ・イグノジーの元々のジョブは、神官、兼……戦士である。戦士とは、手段を問わず、戦いそのものを極めんとする、その意志のある者に与えられるジョブである。
──苦手だが……使うしかない。魔道具と同じだ、魔法と思うな……。
彼の体には、見えない箇所に魔法陣の刺青が入っている。これらはどれも肉体強化の術式であり、筆記の国ショドーにて学んだ技術である。そこに意識して一瞬だけ魔力を流すと……。
「アザゼルッ!」
純粋な跳躍。魔力の動きが少なく、魔導士にとっては読みにくい……肉体の力が現れる。
「相変わらず……」
アザゼルも錬金したステッキでその動きを止める。間に合わせなのでピグトニャの脚力の前に砕け散るが、その一瞬で一歩後ろに下がり、距離を取れれば良い。壊れたステッキの破片は、兵たちに降りかかる前に、風の中にかき消える。
「醜い!」
ソラージルというのは、非常に特殊な国家である。魔法国家の中でも特に排斥的であり、全ての探究心を魔法に向け、魔法以外の戦闘法は醜いと見なされる。魔法こそ人間が神に選ばれた生き物である証、神の似姿である証、最も美しく優れた生き物である証なのだ。故に、高名な魔導士であるほど、魔法であることにこだわり続ける。
「ピグトニャ君……君の魔法は美しいのになんて勿体無い……」
「気持ちわりいな」
アザゼルはピグトニャの魔法の才は買っている。それ故に、混じり気のあることが許せない。しかし、彼は軍人でもある。ピグトニャにばかり構うわけにはいかない。
[全軍後退せよ! 後ろにも負け犬の避難所があるはずだ! 探査チームの割り当てたポイントαに……]
その指示は的確に思われた。しかし、ピグイタン側も、してやられてばかりではなかった。
「もうねーよ」
「は?」
「もうない。今回炊き出しに訪れた緩衝地帯の民73名は全員、ピグイタン本国へ輸送している」
「……は?」
避難所の炊き出しポイントは、輸送班の効率も考え港の近くに設定してあった。正確には、この73名はピグイタン国籍の船……つまり、ピグイタンの領土である軍艦に乗っただけだが、それで十分である。そこから先に手を出せば……同じ軍内での小競り合いでは済まない。正真正銘の戦争……、開戦の狼煙となる。
──いくらお人好し国家のピグイタンとはいえ……緩衝地帯の屑どもをそんな簡単に!? 移民の多い国家だからこそ、掃溜め出身者の扱いには慎重なイメージがあったが……。
今までのピグイタンと異なる判断に、アザゼルは困惑して叫ぶ。
「能無しであるだけでなく……下等な犯罪者やら売春婦である、使い所のないゴミまでも、国民として迎え入れようというのか!」
「そうだ」
そんなことはない。例えばズバ抜けたお人好しのソメヤなら、本気でそう言いかねないが、少なくとも、この地の荒れ方を身を持って知るピグトニャからすれば、単なるハッタリである。作戦が終われば、明確に助けを求めるもの以外は、元の場所へ返す。助けを求め、難民として受け入れられたいと話す者は、所定の手続きに沿って素行を調査し、矯正可能なら迎え入れる。矯正が不可能なら……それもまた、所定の手続きがある。それだけだ。しかし、この男に教える必要はない。
[ありません……! 確認しましたが、ひとつも……熱源反応がありません!]
「そんな……!」
ソラージル支部軍の報告に、アザゼルは動揺する。しつつも、ピグトニャと交戦する手は緩めない。
「大魔導士アザゼル卿には、神官に説教てやつでしょうが……最近精神魔法を教える機会があって、"精神とは人ではない、場である"……貴国の大魔導士、レヴィンの言葉を引用させていただきましたよ」
「だからなんだ……」
「場なんですよ、場。魔法なんか使わずともわかる、当たり前のことだ。ここでどれだけの罪を犯そうとも……善良な市民になり得る可能性を、皆秘めている」
──姉さん。自ら親殺しという罪を負い、俺をこの場から解放してくれた姉さん。あなたの魂が、善良でないわけがあるものか。
当てが外れたアザゼルは舌打ちをし、兵たちに指示する。
[全軍、慌てず女を狙って攻撃し続けろ! どんな人間にもガス欠はある! 向こうはこちらを攻撃する気のない根性無しだ! 大丈夫だ、我が兵よ……時がくれば……我がその女を殺す!]
「アザゼル様ァ!」
「大魔導士様ァ!」
「我らがソラージルのために!」
「ソラージル、万歳!」
戦意高揚……精神魔法ではなく、ただの掛け声にすぎないが、ただの掛け声ほど重要なものもない。全ての者が、一糸乱れず叫ぶ咆哮ほど重要なものなど……。
そして、それが仇となる。
「防御せよ……防御せよ……防御せよ……防御せよ……」
あくまでバフとして使うものであり、メインウェポンにはなり得ないピグイタン式口承……それのみで数多の兵の攻撃を防ぎきり、水の壁を維持し、背後で行われている避難誘導から目を逸らさせ、そして全く別の魔法をひたすら詠唱し続けている……。
規格外の上等兵、ソメヤ・イストゥールによって。




