奇策
「ピグトニャ!……総司令!」
「よく来た!」
浮遊魔法でピグトニャの場所まで赴くと、アザゼルの顔がよく見えた。30代にしか見えないが、これで少なくとも50歳は超えているらしい。下の様子もよく見えるが、まだ戦闘は開始せず、睨み合いをしているばかりだ。
「おや……お姉さんがいなくなったと思ったらまた女を侍らせて……女に頼らないと生きていけないんだねェ」
「……兵を引かせてください。民衆に被害が出る恐れもある。ピックアップのために来たんでしょう? ここは風の加護も少ない……穏当にいきましょう」
交渉が通じる相手だとは思えないが、世界情勢から見て悪者にならないよう、こちらは極力平和主義的に行くしかない。ピグトニャは努めて丁寧に対応しているが、一方のアザゼルは、おかしそうに笑っている。
「ここら集落の魔導士は、みんなうちとあんたとでピックアップしたんだ……残りはほとんど能無しだろ? どうでもいいんだ、我が国にとっては」
「ッ……!」
お前らがその言葉を使うな、そう叫びたくなるが、必死に抑える。アザゼルはニヤニヤと笑いながら、何かを呟く。
「風の加護が足りないのはそちらも同じこと。時間稼ぎは終わりだ……全軍、目標を捕らえよ」
私たちの浮遊に使用していた風の場が、ソラージル軍によって崩れ落ちそうになる。
[風兵! 二人の足場を支えよ! 盾兵は壁状防御魔法をアザゼルと二人の間に!]
[ピグトニャだ。こちらは問題ない。イシューは自分たちのことを心配しろ]
[了解!]
勿論、この程度でブレる私たちではない。足場を保ちつつ、ピグトニャはアザゼルに、私は上空からソラージルの兵に適当な攻撃を仕掛け、牽制する。しかし、何かがおかしい。彼ら、防御は完全に盾兵に任せている……自らに攻撃が命中しそうになっても、反射的に手を上げる程度のことはするが、防御魔法を唱えない。盾兵たちの全体防御も薄い。致命傷を避けるようすり抜けた攻撃の威力を落とす程度の薄さで、完全に防ぐ気がない。そうなると、無闇に殺したくないこちらも手加減せざるを得ないが、それが狙いではなさそうだった。むしろ、死んでもいいから、命よりも重要な他のことに、魔力を使いたがっているような……。
「下の様子がおかしい! 何か企んでる!」
しかし、私の気づきは遅きに失した。
[我が軍よ、今だ! ひっくり返せ!]
アザゼルの指示から数秒後、自軍の兵が動揺しざわめき始めた。何かに気が付いたピグトニャが、大声で叫ぶ。
「ソメヤ! 地面に凍結! 今すぐに!」
「もう遅い!」
そこからものの数秒……轟音が鳴り響き、兵の反射的な悲鳴が聞こえた。対してソラージル支部軍は落ち着き払い、理路整然とした整列を保っている。
ひっくり返された。文字通り──。
「地面が……」
私たちの後ろにいたはずのピグイタン軍は、前へ移動している。私たちの前にいたはずのソラージル軍は、後ろに移動している。地面が持ち上がり……地盤ごと、兵の配置を丸ごと入れ替えたのだ。まるで将棋盤を丸ごと回転させるように……。
地面に接着されていたかのように動いていないソラージル支部兵に対し、唐突の天変地異にも等しい大回転で、膝をついたり場所を見失ったりしている我が軍。
[全軍、突撃!]
「だめ! そっちは……!」
こちらの隊列が崩れたところに、ソラージル兵が襲いかかる。そこらで魔力のぶつかり合いが起きる。しかし、本当の問題はそこではなかった。ここは絶対に崩されてはならない。だから、この盤面は避けたかったのに……。ソラージル支部兵たちが向かう先にいるのは、隊列を崩された我々よりも、もっと弱い、魔法さえ使えない者、全員に手を差し伸べられないとしても、せめて守りたかった人たち──。
「──民間人がいる!」




