ユアンナの恋
結果的に空気が和んだのでそのまま酒場に向かうと、上階の個室を案内された。扉を開くと、アマリと知らない女性がいる。誰?
「やっときた。やほ〜」
「……その声、もしかしてユアンナ!?」
「ん、暇だから来ちゃった。この顔は男と行動するときとか、お忍びの時に使ってんの。便利でしょ?」
ぱちん、と指を弾いて変身を解くと、私の知っているユアンナの顔になる。それから手先が動き、改めて知らない人の顔になる。
「顔だけなら難しくないし、役所に届出もしてあるから違法じゃないよん」
「届出……?」
「一定以上の知名度のある人は、申請が通れば第二の顔を変身魔法で持つことが許容されるんだよ。ちなみに俺は申請が通らない……この前のも実は結構スレスレ。あれで道を歩いてたら、逮捕されても文句言えない」
「え、怖」
この前エイリムの前でお互いの姿に変身したのは、閉鎖的な私道でなら免許なしで車に乗ってもいい、に近い概念だったらしい。法律の勉強をしないと、本当に知らないうちに犯罪の片棒担がされそうで怖い。
「ピグトニャくんは強すぎるからだろうねぇ。私はちょっとプロやってるだけで、実態はただのインフルエンサーだからさぁ。ソメヤちゃんも、強すぎるし通らなそう。二つの顔なんて持たれたら不都合だもん」
「色々面白い法律があるんだなあ……ってそうだ! ユアンナ!」
「えっ、なになにソメヤちゃん」
私はピグトニャのスマホを借り、例のVlogのサムネイルをユアンナの眼前に突きつけ、「これをピグトニャに共有したのなんで!? どういうつもり!?」と畳み掛けた。ユアンナはしばらくきょとんとしていたが、あぁ! と思い出したかのように手を打ち、笑い始めた。
「ほんとに晒すわけないじゃん! 気づいてないってことはそっか……ピグトニャくん、この動画見なかった? それとも、見た上で揶揄ってる?」
「は?」
ピグトニャが疑問の声を上げる。ユアンナは、「あー、見てないんだ。なるほどね」と呟いてから、流暢に説明し始めた。
「ピグトニャくんがその動画を見たなら……開始3秒ぐらいで、ミーム動画に切り替わるのを知ってるはずなの。要するに釣りってこと。ちょっとしたおふざけだったわけ」
「……へ?」
今度は私が疑問の声を上げた。そんなしょうもない、しかも古典的な釣りで、私はここまで大慌てしていたのか。そして、どこの宇宙もやることは同じなのか。
「なあこれなんの話?」
アマリがまったく話についていけずに困惑しているが、私たちも困惑している。みんなしてはてなマークを浮かべていると、ユアンナはさらに説明してくれた。
「な〜んか……ソメヤちゃんとピグトニャくんって、ジムに入ったばかりの頃から、妙に距離感近いでしょ? テスちゃんの恋路をずーっと眺めてる親友としては気になっちゃってさぁ……ソメヤちゃんの恋バナって言って動画送ったら、二人がそーゆー関係ならまぁ、見るかなって思って。でもピグトニャくんったら無視、なんの反応もないから……どうだったのかなと思ってたんだけど。よかったぁ、ピグトニャくん、あんまりソメヤちゃんにキョーミない感じなんだね」
要するに、私たちはユアンナの掌の上で転がされていたのだ。呆然としていると、アマリがだん、とテーブルを叩いた。みんな驚く。もう酔ってるのか?
「ユアンナ! そういう人を試すようなことをしちゃダメだろ!」
「え〜……?」
「要するに、なんかソメヤの秘密をピグトニャに送ったふりをして、反応見てたってことだろ?」
酔ってるのではなく、いや酔ってるのかもしれないが、意味もなく叩いたわけではなかったようだ。理解が早くて助かる。ユアンナの振る舞いに大人として頭を悩ませていたのは、彼も同じだったのかもしれない。
「テスのためとはいえ、一歩間違ったら、人間関係が色々と壊れる可能性もあるじゃんか。あのな、俺たちっていいねの数字じゃなくて生身の人間で、しかも同じチームの仲間なんだから。テスだって、そんなやり方でピグトニャの女関係を探るの、望まないっての」
「……まぁ、そうかもしれないけど、アマリにテスの何がわかんの……」
「あのなぁ、ユアンナ。古臭いと思われるかもしれないけど、他人の情報は丁寧に扱わないとしっぺ返しが……」
なんか、私がしようと思っていた説教を、代わりにアマリがやってくれてしまった。ひととおり怒られたユアンナは、見るからにしゅんとしている。
「と、とりあえず……飲み物頼んでいい? もうこういうことしないって約束してくれたら、私はいいよ」
「俺も別に……。あと、テスはまだ子どもなんだから、親友なら、俺みたいな年寄りはやめておけと説得してくれ。同年代と健全な恋をしろ、本当に危ないから……」
「あーもー、ピグトニャくん、そーゆートコ。テスが好きなのはそーゆートコなの。あのコにとってはそーゆー自分みたいな子どもに靡かないとこ含めて、完璧な王子様なの! もー……気に入らない……でも……」
ユアンナは苛立ちのこもった声でピグトニャに刃向かった。が、しばらくの沈黙の後、頭を下げた。
「……ごめんなさい。ちょっと調子乗ってた。もうこういうことはしない」
「私はもういいよ。ありがとね。アマリも」
「俺も別に……というか、えっと、俺は困ってないし……これを使ってソメヤを揶揄おうとしたから、俺も悪い……すまない」
「私よりは悪くないでしょ! なんでピグトニャくんってそんないいやつなの!? もうちょっと悪いところっていうか、隙があってもよくない!? もっとダメな男であれよ!」
「な、なんで怒られてるんだ……?」
ユアンナは半ば理不尽に、ピグトニャに苛立ちをぶつけていた。その怒りの原因について、ピグトニャは勿論、アマリもよくわかっておらず、卓には混乱が満ちていたが……私にはなんとなく、分かった気がする。そうしたいと思えば<リーダビリティ>で確かめられるだろうが、そこまでするのは大人気ないのでやめておく。代わりにユアンナの方をじっと見ると、「……何?」と不機嫌そうに返ってきた。
「いや別に。ただ……やりたくもないことして怒られるより、素直に行動するのがいいと思うよ」
「っ……! ソメヤちゃん、簡単に言ってくれるじゃん……」
「難しいのはわかるよ。立場もあるし……色々と。でもほら、陰で尽くしてばかりも……ね? 報われないと、働いた分は」
「……はいはい! これ以上は答えないから!」
これでほとんど確定した。そう、彼女が怒った理由……。ユアンナはきっと……テスのことが好きなのだ。それが重すぎる友情か、恋情なのかまではわからない。どちらにせよ、鈍感男どもはまるで気づいていない。
ユアンナはテスの恋路を応援しているが、同時にピグトニャへの反感も抑えられない。もっとダメな男ならやめておけと言えるのに、容姿良し、能力良し、性格良し……ぱっと見で悪いところを見つけることもできない。重度のシスコンという問題はあるが、多分ユアンナは知らない。それでやきもきして、理不尽に怒っている。全部わかってしまった今、ほとんど怒りの気持ちは無くなってしまったが、すこし揶揄いたくなって、私はにこっと笑って見せた。
「ユアンナって結構わかりやすいから、気をつけなね」
「余計なお世話!」




