禁忌
「ねえ、なんであんなに怒ったの?」
「お前もう寮に帰れよ。門限あるだろ」
「聞くまで帰らない。門限、結構緩いし。というか、一緒にご飯食べよ」
「なんでだよ……」
会議終了後、ピグトニャを引き留めた。理由は勿論、どうしてあんなに怒ってパワハラ行為をしたのか聞くためである。
『ピグトニャ、ちょっと残ってもらっていい? ガネットさん、今日はごめんなさい』
『いいえ……こちらこそ、本当にごめんなさい』
『あの、ほんとに、今までどおりでいいので! 同じ秘密を共有してる仲間じゃないですか』
『……ありがとう。また訓練でね』
『ええ、また……』
そうして去っていったガネットの背中には、まだ僅かに恐れが残っていた。確かに、彼女のあからさまな恐怖は私に悲しみを与えたが、ここまでしたら、むしろ逆効果だと……そう思った。けれど、単にピグトニャがキレやすいだけだとも思えない。
「……おまえは、ガネットの言葉……どういう意味に聞こえた?」
「……え? 禁忌って聞こえたけど」
「意味を聞いてるんだ。説明してくれ。類義語を出すだけでもいい」
「えっと……絶対ダメなこと? タブー? 御法度? えっとえっと」
「そんなもんでいい。伝わってないんだな」
「……もしかして、なんか他の意味がある?」
ピグトニャは頷く。
「エデンの言語ではうまく伝わらなかったんだろう……確かに元々はそういう意味の言葉だった。今は、魔王の力や、忌々しい力全般を指し示す語句になっている。想像もつかないだろうが、魔王は……、本当に、膨大な力を持っていた。人の理を超えている、穢れた血によって悪魔との契約……禁忌を行ったのだ……そう言われてきた。だからあの言葉のニュアンスとしては……化け物とか悪魔の王とかがより近い。残虐で、数多の命を屠ってきた男……しかもたかだか10年前まで、現実の恐怖として恐れられていた男の力と同等と言われている……まともな人間としての扱いではない。褒め言葉じゃない」
魔王のことはよく知らないが、とにかく、そう易々と人に向ける言葉ではない、というのはわかった。地球で言うなら、ヒトラーって呼ばれるような感じだろうか。だからぼんやり苦笑している私の代わりに、彼は怒ったのだ。
「ガネットは……おまえを勝手な理屈で呼び出し、無茶を言い、こちらのお願いを聞いてもらう立場でありながら……、おまえを異端として蔑み……恐れた。あの瞬間、おまえに対し、人としての敬意を払うことをやめたんだ。主として、叱責は当然のことだ。彼女のためでもある」
「主ってのも何?」
「……人生における主人と僕、みたいな……そういう文化があんだよ。俺は普段、表に出さないようにしてるけど……あ、俺とガネットが主従関係なのは言いふらすなよ。おまえも勇者になる頃にはわかる」
ぼんやりと、勇者になった私に、誰かが忠誠を誓う様子を想像してみた。全然想像できない。ピグトニャは、ぼけっとしている私を見て小さくため息をついてから、結論へ移行した。
「とにかく、おまえも怒っていいんだ。こちらを人扱いしない奴には、怒っていい。あの発言には……姉さんも、お前にぶちのめされたアマリだって、多分怒る。無理やり従わせろとは言わない、趣味じゃないだろうし……でも、おまえは……自分のために怒り、ときにはぶつかるということを、知った方がいいんじゃないのか」
あまりに真剣そのものである声色に、私は考え込む。
「……年下に人性論を説かれるとは」
「あのな、俺は真面目に」
「馬鹿にしてないよ。そのとおりだなと思ったの」
私はタブレットをポータルにしまいこみ、立ち上がった。
「ごめんね。代わりに怒らせて。しかも責めるような言い方して」
「いや別に、俺は……」
「私のことは……私が怒るべきだ。確かに、そのとおり。日本人の悪癖かもね」
「……ニホン人って、みんなおまえみたいな感じなのか?」
「まぁ、他の国と比べるとあんまり怒らない……怒れない人が多いかな? 勿論個人差あるけど」
ピグトニャも立ち上がり、会議室のドアを開ける。なんとなく無言が続く。二人とも一言も発さずに同じエレベーターに乗り、1階まで降りる。
「じゃ、これで……」
「ダメだよ! ご飯食べよって言ったじゃん! アマリから、酒場来なよってメッセージ来てるよ」
「げ、ほんとだ。こんなグループあったっけ」
「前遊んだときつくったでしょ、ほら、アマリがピグトニャの女事情を聞こうとした結果、ピグトニャが酔い潰れて……」
「あー! あーはいはいはい! わかった! もういいそれは。わかったから」
「これがそのときの動画で……」
「あー!」
そこには、チェレーゼの酔ったフリとは違い、本気で酔ってるピグトニャが映っている。あまり顔は赤くないが、挙動のひとつひとつがおかしい。酔い具合は大会の打ち上げのときよりも酷く、表情すべてがとろんとしていて、だらしない。
『姉さんが……心配してるのはわかってんだけど……』
『好みの芸能人とかいないの? この中ならどう? ちなみに俺はこの子! チェレーゼ神官様に似てない?』
『はぁ? アマリおまえ……姉さんに手を出す気か? 前々から姉さんの周りをちょろちょろしてるし……』
『いやそんなこと言ってないじゃん!? 確かに顔ファンだけど……やべちょっと待って、待てって、落ち着けって、詠唱ストップ! はいお手手ないない! 落ち着きましょうね〜』
『俺はガキじゃない……』
ここまで再生したところでスマホを奪われ、強引に動画を停止された。ピグトニャはわなわな震えながらも、顔だけは余裕そうな笑みを保っている。
「いいのかそんなことをして……こちらにだって秘策はあるんだぞ」
「なっ……」
「ユアンナがくれた女子会の動画だが……どうも、慣れないピグイタンの酒で散々酔って、恋愛遍歴やら好みのタイプを全部吐き出したとかいう……」
「あ、あの裏切り者ッ……!」
ユアンナとは時々遊ぶものの、やはり19歳と若いからか、感覚がやや合わない。彼女は享楽的で、面白ければなんでもいいやというところがあり、かつ、バズに命を賭けている。本名であるユアンナ・カーニャーの他にも名義があり、姉であるスーザンと私のタイピングバトル動画は別名義でアップしているし、身内向けVlogとして女子会の様子にテロップを入れた動画を限定公開したりもしている。しかも、内容がきちんと面白いから困る。面白いから、周囲も許してしまうのだ。つまらなかったら袋叩きにしている。
「あのメンバーにしか共有しないはずだったのに……! 何を対価に手に入れたの!?」
「え、いや、別に……理由もわからず送られてきただけだけど……あ」
「?」
「期限切れで再生できない……」
「勝った!!」
思わずガッツポーズ。完全勝利だ。
このメッセージアプリの仕様として、動画は3日以内に一度再生しないとサーバーに保存されない。彼は良心からか、それとも面倒だったのかはわからないが、見なかったのだろう。危ないところだった。
あの日は全員酔っていて、個室だったこともあり、あまり男性陣には聞かれたくないような話を無遠慮にしまくった。テスは普段語らないピグトニャへの思慕を口にしたし、スーザンは彼氏のタイピング速度が遅くて萎えたという地球ではありえない愚痴を吐き、私は……割愛する。こうして弱みを自ら吐き出した愚かな女たちは、この内容を口外されることのないように、核のスイッチを全員が持つのと同じイメージでVlogの存在を許容したのだ。ちなみにユアンナはアイドルなのでパス権を行使し、聞き手に回っている。ズルい。ユアンナには今一度、インターネットリテラシーというものをわからせねばなるまい。




