ただのピグトニャ
「それで……我々は結局……当日、どのように動きましょう?」
「最初は普通に過ごす他ない。予定どおり決められた地点を巡回し、困っている魔法適性者がいれば助ける。移住の合意が取れたら、横取り防止のため、すぐに輸送車両に入れる。ソメヤはあまり目立つな。なんなら弱々しくしとけ。といっても、普段どおりにしてれば問題ないだろうが」
「馬鹿にされてる?」
ピグトニャは私を無視して続けた。
「勿論、向こうが何もしないならそれでいい。俺らから仕掛けることはない。向こうが横取りしようとしたり……難癖つけて絡んできたら、俺らのうち誰かが交渉に入る。戦闘は避けたいが、避けられないなら交戦する。特にガネットさんは盾兵で隊列的にも前にいるから……前方に注意しておいてください。今回の作戦の指揮官には若い士官がつく予定だったんですが……ガネットさんの扱いを心得ていそうな、イシュー・イグール少佐に変更してもらいました。俺はイシュー少佐や輸送隊たちと一緒に真ん中、ソメヤは後方。衛生兵の中に紛れ込んでもらう。原則イシュー少佐の命令に従ってもらうが、戦闘に入れば、イシュー少佐からの命令によって、俺がおまえの指揮官になる。イシュー少佐に万が一のことがあったり、その他指示があったときは、ガネット上等兵が指揮官となるように。ピグイタン軍時代のことを知ってる人は納得するはず」
「了解しました……」
先ほどのことが嘘であるかのように、ピグトニャからガネットへの口調は元通りの敬語に戻り、普通の同僚、あるいは柔らかめの上司と部下、そんな空気になった。ガネットの震えた声だけが、いまだに戻らない。ものすごく聞きたいが、今は会議中だ。会議に関係ある疑問を解消しよう。
「横取りって何?」
「俺らが声をかけた魔法適性者を、拉致するような形で連れていくやり方だよ。本人の同意も無しに。ソラージル支部の他……小さな魔法国からきた視察団なんかもやってくることがある。それで大抵小競り合いになる。普通は命を賭けるような事態にはならないが……今回は怪しい」
タブレットに緩衝地帯の地図が表示される。
「今回の巡回はAポイントだ。ここは風が滅多に吹かず、自然の加護がない。風魔法を得意とするアザゼルにはやりづらいだろう」
「自然の加護とか必要なの? 自分で起こせば良くない?」
「そりゃそうだが、向かい風と追い風では歩きやすさが違うだろ。おまえぐらいだ、そんなこと言うの。とはいえ、アザゼルにとっても、少し歩きにくいってぐらいだな。まあ、加護があるよりマシだ」
「へー」
「今回は炊き出しも行う。戦闘になったら、近隣住民はここ……炊き出し会場に避難させる。このときは事前に決まっている避難誘導隊と戦闘隊に分かれる。当日通知があるが、二人はもちろん戦闘隊だ。ソメヤがある程度自由に動けるスペースを作る……可能なら移動しながら……ここ。森の中まで誘導したい。ダメでも壊していいのは家までだ……民間人の巻き添えだけは避けたい」
そりゃそうだなぁ、などと思いながらタブレットにメモをとっていると、ガネットが、妙にかしこまった、緊張した様子で、おずおず手を挙げた。
「……ピグトニャ様、質問をしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「……ソメヤ様……ソメヤさんは、強い……それはわかりました。しかし、従軍経験のない、しかも女性であるというのも事実……彼女は、どこまで……戦えますか」
「……」
真っ当な質問だ、と思った。正直、自分が戦場で力を振るうビジョンというのは、全く見えていなかった。どんなに強力な兵器を備えていても、使えなければ話にならない。
「さっきよりも、よほど良いことを言う」
「ちょっと、ピグトニャ……」
「褒めてんだよ。鋭い視点だ。その力が必要になったとき……重要なのはソメヤの覚悟。それを引き出し、士気を上げるのは、俺の役目です。何事もなければいいが、あった時のために……しっかり詰めますから、安心してください」
「ひええ」
こういうぼやっとしたところがガネットさんを不安にさせるんだろうな、と思いつつ、軍人らしい振る舞いもわからないので、素直に嫌そうな顔をする。
「既に、個人訓練の許可は得ました。ガネットさん、あなたもきてください。ソメヤひとりにつきっきりでは、また怪しまれる。あぁ、イシュー少佐にも来ていただくことになっています。ソメヤの本来の力を見ておかないと、指揮官はできない」
「……イシュー少佐はプロジェクト外部の人間です。よろしいのですか」
「色々な筋から信頼に足る男だと聞いていますし……チェレーゼ神官にも、許可を得ています。何もソメヤが異界人だと言う必要はない。神殿がピックアップしてきた特級魔法使いの……真の実力を、見ていただくだけです。明後日から、ソメヤ、ガネット、イシューの3人は、特殊訓練で出張。ピグイタン軍からお借りした、現在は閉鎖中の演習場……ヤースベツへ向かいます」
「え! ……あ、いえ、すみません。また随分な僻地にと思いまして……」
「そんな遠いの?」
「飛行機で行って、ヘリに乗り換える。半日程度しかかからない」
「は、半日もかかるの……」
「我慢しろ。移動時間は休憩時間だぞ」
「やだ〜……」
ピグトニャはため息をつき、私を叱責した。
「そのお友達仕草も……軍としての活動の時はやめろよ。部隊が乱れる。巡り巡って、兵の命を失うことになる。基本は敬語を崩すな。名前も、役割があるときはそれに応じて……なければ、気乗りはしないが、ピグトニャ様、とでも呼んでくれ。神官位を捨ててから……ただのピグトニャになったつもりだったのに、どうも、そう上手くはいかないらしいから」




