パワハラ
「あー……呼んだ理由だが、当然、次の緩衝地帯派遣についての話だ。まずはこれを見てくれ」
ピグトニャはとある資料を指し示す。音声を自動で文字起こししたのであろうテキストデータ。多少の誤字があるようだが、読めないほどではない。
「ファーニャ・イズダ工作員からの情報だ。奴らは俺を狙っている。怪しげな動きの情報を流せば、俺が出ると踏んで……勇者は不在、チェレーゼ神官は病気、ならば次はピグトニャを……そう考えているらしい」
「じゃ、じゃあピグトニャは行かない方がいいんじゃ?」
「それはそれで、向こうの目論見じゃ後は雑魚しかいないんだから、何人か引っ捕まえて工作員にするなり、なんらかの収穫を得て帰る。向こうは損をしない。逆に、俺は強者として、兵や国民を守る義務がある。行かない選択肢はない」
だが、と彼は力強く続け、私の方を見た。
「俺らにはソメヤがいる……ソラージルはこいつの、本当の怖さを知らない」
「そうなの?」
「そうだ。だってお前が本当に本気を出したのは……たかがタイピングジムの一室、観客もまばらで、誰も記録なんか撮ってなかった……アマリ・ダズとの一戦だけだから」
「……あ! たしかに!」
「……そうなの?」
ガネットが訝しげにこちらを見る。
「ガネットさんも、第一次報告書は読んだでしょう。アマリは弱くない。目と勘の良さは特にずば抜けています……ソメヤにとっての初試合、かつ、対戦相手が彼でなければ、ドームまでもが壊れ、大事故になる恐れもあった」
「勿論読みました! けれど……軍用設備で測定限界ですよ! あのときも……本気では、なかったと?」
ピグトニャがチラリとこちらを見やる。
「……ソメヤ。入軍テストで本気を出したか?」
「まさか! ちゃんと言われたとおり、10%……いや、8%ぐらいに抑えたよ。結局、測定限界がきちゃって……仕方なく、自分的には精神が得意かなーて話しただけ。5%にしとけばよかったかな」
「どう足掻いても不自然だからそれでいい。……本人の言ったとおり……抑えてこれなんです。逆に、全てを解放したら……この建物を木っ端微塵にするぐらい、3分あれば足りるでしょう。彼女は俺より強い……あの言葉、大会のボルテージを上げるためのおべっかじゃない。本心です。そうじゃないと勇者は務まらない」
「ピグトニャ様より……強い……?」
ガネットは、顔面蒼白、と言っていいほど血の気を失い、タブレットでも床でも私でもピグトニャでもない、虚空を見つめ始めた。
──化け物。
アマリとの一戦でギャラリーから投げかけられた一言を思い出し、苦笑する。私にはそうすることしかできない。ピグトニャは追い打ちをかけるように、淡々と事実を伝えていく。
「あれ以降のソメヤは……エネルギーだけでいえば、本来の10分の1の力さえ使っていない。魔法という概念への適性……それも才能だが、コレの本来の恐ろしさは……異様に魔力効率の良い身体、そのものにある」
「……しかし、戦闘報告書にはバフを多用すると……」
「ソメヤは常に力を抑え、コントロールに集中してきた。俺がそう指導したからだ。大会も、クエストも、本気で力を振るったことなどない。君の言うバフ……反復詠唱は、威力の増強ではなく、魔力素子の制御をしていると見るのが正しい。1%の出力に1.1倍のバフをかけ続けるほうが威力を調整しやすいし、命中率など攻撃力以外のステータスも高まる。最初から10%だして狙いを外して、結果知らん奴が死ぬとかトラウマだからな。ちがうか?」
ちがわない、と、静かに答える。あんまり考えてはなかったけど、やってることを言語化すればそうなる。威力にバフをかける必要などない、最初から強く出せばいい。そうじゃなくて、私の意思の力を魔法そのものに込めるため、効果時間を伸ばすため、命中率を上げるため……そういうことのために私は、反復詠唱を使っているのだ。
「向こうの大魔導士といえばアザゼル・フーリー……ファーニャによれば、アザゼルは高確率で参加しているだろうとのことだ。もちろん他にも大魔導士はいるし、外部に出してない秘蔵っ子もいるかもしれない。だが……アザゼルはおそらく、ひとりで来る。勿論兵隊はいるが、そっちはガネットに任せる。アザゼルには俺とソメヤ、兵隊には優秀な盾兵であり元大佐殿、ガネット・ザクロ……この布陣なら、まず恐れることはない。オーバーキルだ」
「そんな力……」
ガネットの表情は未だおぼつかない。静寂がしばらく支配していたが、その色を失った唇から、ぽつりと音が漏れ出た。それを聞き逃さなかったピグトニャは、血相を変えて彼女の肩を掴み、揺さぶった。
『禁忌的……』
ガネットは、確かにそう言った。それをピグトニャは許さなかった。
「ガネット! 我々の悲願を超えた、想定以上の大天才が、友となってくれたのに……その態度はなんだ!」
「……!」
「ちょ、ちょっと……そんな怒らなくても」
私が止めにかかっても、彼はこちらを振り向きもしない。
「禁忌だと……? 彼女は我々の無理な要求に応じ、異界から単身我が国へ渡り、一度も自らのために力を振るったことはなく……我々のため、国民のため、弱い者のために心を砕いてきた……真っ当な人間だ! 彼女はひとりしかいないが……貴様ら研究員はいくらでもいる。我が僕ガネット、立場を弁えろ!」
「はっ……! 我が君……! 申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳……ございません……!」
ガネットは、普段のピンと伸びた背筋からは想像もできないほど弱々しく涙を流しながら、申し訳ございません、と呟き続ける。
「それパワハラだって、やめよ、ね?」
私は改めてピグトニャを止めようとする。今度こそ彼は振り向き、私のことまで睨みつけた。
「おまえも……ヘラヘラ笑うな! 言っただろ……強者らしくしろと!」
私はその気迫に驚き、思わず肩を震わせる。
「いいか……ガネット。二度と彼女に対してその言葉を使うな。二度と彼女に対して敬意を欠くな。ソメヤ・イツナ勇者候補の慈悲を……ゆめゆめ忘れるな。主である我が命じる……これは絶対の命令だ。いいな?」
「はい! 我が君! どうかお見捨てにならないでください!」
主? 我が君? と混乱するも、説明を求められる空気ではない。ピグトニャはため息をつき、呆れ果てた声で指示を出した。
「俺じゃなくてソメヤに謝れ」
「ソメヤ様、申し訳ありません!」
「い、いいですって。様付けもいらないし、今までどおりソメヤさんで……タメ口でいいし……」
私が苦笑しながら困ったように伝えると、ガネットはまるでしょげたときの豆もちみたいに眉を寄せ、今にも泣きそうなほど瞳を潤ませた。歳上の人間が不安そうな表情を見せる様子というのは、なんとなくぞわぞわする。
「……お許しいただけますか」
「勿論。そりゃ化け物を見るような目で見られるのは嫌ですけど……私……普通の、人間なので。だから許します。許さないと、それこそ化け物っていうか、めちゃくちゃ怖いじゃないですか」
「……ありがとうございます……ありがとうございます……!」
ガネットの変わりように、私は内心、かなりのショックを受けていた。彼女と私の間には一本の溝があり、二度と埋まらないのだろうなと思った。その溝は……なにも今できたのではなく、実はずっとあって……ほとんどの人の間に今もあって、ただ認識してないだけなのだと……それに気づかされた。そのことが……悲しかった。




