↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
132/216

殺すか、死ぬか

 10分後にはガネットとの打ち合わせがあったが、とてもそのための準備をきちんとするような気分にはなれず、会議室の設営は適当に済ませてチェレーゼの話をした。


「あのとき……っていうのは、ヴェーラと体を奪い合ったときのことだと思う。姉さんは、あのとき、人格として機能しなくなり壊れるまでヴェーラを追い詰めたら良かったと、後悔している。人生を奪うのだから、その覚悟を決めるべきだった、と」

「……そのときってまだ、子どもじゃん。そんなこと子どもがやるべきじゃない……そのときのチェレーゼは間違ってない。ヴェーラを殺すって言ってたけど……私、少し心配だよ」


 ピグトニャは、無機質な会議室の長机に肘を立て、不機嫌そうに頬杖をついている。


「……そうは言っても、殺すほかどうするんだよ。おまえはそんな目に遭ってこなかったんだろうが……殺すか、死ぬか、って状況はあるんだよ。今。これも。そのひとつだろ」

「でも……精神医療のことあんまりわかんないけど、ヴェーラは基本人格、つまり、生まれたときからの人格なんでしょう? チェレーゼはヴェーラを守るために生まれたんでしょう? 壊したら……チェレーゼの精神もどうなるかわからなくて怖いよ。和解して協力し合うか、ひとつの人格への統合を目指すか……それか、何かいい手が……」


 ピグトニャはすこし考え込む。


「……統合、ね……統合したらさ、それって……姉さんなのかな」

「え?」


 不機嫌そうな顔のまま、ピグトニャは語り続ける。


「俺は今の姉さんしか知らない……基本人格なんかどうでもいい。どうでもいい要素……しかも姉さんを苦しめてきた要素が割り込んできて合体して、はいめでたしめでたし、ってなるものなのか? いずれ姉さんが姉さんだけだった頃の感覚は薄れて……一緒であることが当たり前になって……。俺は嫌だ。ヴェーラは邪魔だ……消えていなくなってくれた方が、せいせいする」

「……」

「俺はそのために動く……最終的に、ヴェーラとの対話ができる姉さんが戦う形にはなるんだろうが……アレを殺すためなら協力は惜しまない。なんだってする。先に姉さんをあわや殺すまで追い込んだのはあっちだ……スラムで苦しい目に合わせたのもあっちだ、苦しいこと全部押し付けて、幸せは掠め取ろうなんて……本人だってそんな弱い己が苦しいに違いないだろうな、死んだ方がマシなカスだ、だってそうだろ。姉さんがあの場所でどんな目に……そのために……そのために生まれたなんて……」


 だんだんと早口になり、頬杖は頭を抱える形となり、焦りと苦しみが言葉となり、彼の臓腑から吐き出されてゆく。


「苦しむために用意された人なんて……いていいわけがない……」


 私は言葉を失い、俯くことしかできなかった。彼らは別人格で、笑い方も話し方も少しずつ違い、天啓さえ異なるという。しかし、同じ器から発生した魂で、同一人物とも言えるのだ。基本人格であるヴェーラが、自分の苦しみを切り離して、チェレーゼを造った……ピグトニャが強く慕う人格を。それは、苦しむために用意された、というには乱暴な悲しい出来事であり、しかし、完全に否定もできなかった。幼い幼いヴェーラが、スラムで生きる苦しみを乗り越えるため、自身の内宇宙において逃避をして、そのための身代わりを立てる……それを、誰が責められよう! けれど、そのために苦しむチェレーゼやピグトニャが、基本人格であるヴェーラを消し去りたいと思うことも、どうして止められよう!


「失礼しまーす……あれ、なんでこんな暗い感じなんですか?」


 ガネットの声がして我に帰り、時計を見た。午後1時57分。私とピグトニャは慌ててその場を誤魔化し、会議をスタートさせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。