純喫茶エデン
「おー来たか、座ってくれ」
ピグトニャは私の姿を見ると、手招きして呼び寄せた。ここはピグトニャの家の近くにあるめちゃくちゃ寂れた純喫茶で、ほとんど客が来ないし、私も初めてだ。
「内緒話にはこういうところがいいんだよ。会議室は社員がずけずけと入ってきたり、録音機器があったりするからな」
そう言いながら、彼はしれっと防音魔法をかける。ピグイタンの常識としてあとで教わったが、通常、人が多いカフェなどで防音魔法を使うのは不審な行為らしい。病院はセンシティブな話をすることが多い場所なのでセーフだが、一般的なカフェやその辺の道端では、魔法を使うこと自体怪しまれるという。マルチやら闇バイトやらの勧誘じゃないか……とか、犯罪を企てているのでは……とか。きっと他国では文化も違うのだろうけれど、適性者と非適性者が共に生きるこの国では、お互いの歩み寄りが大事なのだとか。ソラージルの凶行を聞いたあとだと、すごく安心する。召喚されたのがピグイタンで本当に良かった。
「ここは誰も客がいないし……店主の爺さんもそういう内緒話の需要をわかってるから、防音魔法を使っても注意しにも来ない」
「なるほど〜。それで、話って?」
ピグトニャはコーヒーを啜ってから、ゆっくり話しだす。
「姉さんが目覚めた。1日30分程度だが、面会の許可も出てる。おまえに会いたがってるよ」
「おー! よかったあ!」
「そこでちょっと良くないような、良いような話があってな。姉さんと会ってる時に説明するのは時間が惜しいから、先に話しておきたい」
「ふむ」
私の注文したコーヒーが、知らず知らずのうちに置かれていた。ここの店員さん、気配を殺しすぎていて怖い。ピグトニャはこういうところを気に入っているのだろうが。
「意識を失っている間、姉さんはどうもヴェーラとの接触に成功したらしい。そこで、あれのやったことと、天啓が……確定ではないが、少しずつ見えてきた」
「天啓が!?」
「あぁ。結論から言えば、ヴェーラの天啓は、俺が推測していたとおりのものと思われる」
「!」
私は思い出す── 『しかし、他人の精神に干渉して、おまえの固有魔法を妨害するというのも、十分法外な力だ……俺はあっちが天啓じゃないかと思う』。
「名前はわからない……が、ヴェーラの天啓は、状況を見るに、おそらく、他人に自分の魂を憑依させるようなものだ」
「じゃあ、夜な夜なチェレーゼに固有魔法を使わせてたのもそれ?」
「いや……それは人格交代が起きているだけらしい。人格交代と言っても、体は寝てるから大したことはできない。レム睡眠のタイミングを狙ってヴェーラだけが起き、短時間の間、無理に体を操っているだけ……姉さんからしたら夢遊病みたいなものだな。姉さんは昔からよく悪夢を見るから……、朝起きるとまず、夢の内容を忘れる魔法を自分にかける。自分がちゃんと夢を見ていたら、何か違和感に気づけたんじゃないかって……また自分を責めてたよ。考えたって仕方ないのに」
「かなり嫌な話だね……」
「ヴェーラは今まで、姉さんが起きている間は出てこられなかったようだ。天啓を行使された感覚があれば、気づかないはずがない。純粋な人格交代の可能性は否定しきれないが、記憶の欠けなどの痕跡がないから、考えにくい。だが……前回の一件から出てこられるようになったのか、今は何度もヴェーラを内から感じるそうだ」
「私に話しかけてきたときから?」
「あぁ……ヴェーラは、あの時初めて姉さんに対して天啓を使った……それはおそらく、間違いない。普段なら負けないが、あの時は気が動転していて集中力が足りず……押し切られた。姉さんはなんとか調子を取り戻し、短い時間で戻ってこられた。そういうことらしい」
「なるほど」
私が頭の中で情報を整理していると、彼は、ここからが最悪なんだが、と言い加えてくる。嫌だなあ。
「ヴェーラは、着実に姉さんの精神力を削ってる。つまり……姉さんを病院やどこかに閉じ込めていても、ヴェーラが一度表に出て、天啓を行使したら……それを恐れずにはいられない。今は安心できる状況じゃない」
「!」
「今のところまだ脱出はしてないが、これは姉さんがかなり無理をしているからだ……夜中にヴェーラが出てこないよう強い鎮静作用のある薬剤を使って眠り、起きている間は始終あらゆる防御魔法を使っている。まだ身体も回復しきっていないのに、無理やりに封印している状態……こんなのは長く持たない。そのうち決壊する……しかけている。その時がきたら……対処法がわかるまで、姉さんを昏睡させるしかない」
「……」
それって、チェレーゼの気が緩んだ瞬間、医療従事者とかに乗り移られたら終わりじゃないか? そう考えていると、一応希望がないわけではない、とピグトニャが付け加えた。
「姉さんの話を聞く限り、誰にでも憑依できるような力ではなさそうだ……あの時だって、ソメヤに取り憑く隙があったけど、しなかった。なんらかの条件があると見える……まだ絞り込めていないが。とにかく、お前にヴェーラが乗り移るのだけは避けたい。弱い人間に乗り移ったところでできることはたかが知れているが、お前だけはまずい」
「たしかに」
「だから……今日、固有魔法を防御する魔法を教えてやる。ただし、他の誰かに教えてほしくはないし、意味もない……難しい魔法だからな。ほとんどの国民は知らずに暮らしている」
「えー……じゃあみんな、固有魔法で誰かに状況抜き取られたり知らぬ間に攻撃されたりしてるかも、とか、考えてるのかな」
「そこをなんとか保つために信仰がある。大抵のやつは、大会でもなければ、天啓どころか基礎魔法さえ他人に向けない。力を無闇に振り翳すなと主が言うからだな。そりゃ一部犯罪者もいるけど……ほら……クレジットカードのスキミングとかってあるけど、あんま意識しないだろ?」
「地球すぎる……なんかもっと魔法国っぽい犯罪ないの?」
「国民の半数は非適正者だから……」
それなら非適性者をカモにした魔法犯罪が横行しててもよさそうなのに、みんなえらいなあ。
「まぁ、ソメヤなら大丈夫だろうが……トリッキーな魔法だ。習得に見込みより時間がかかれば、面会は明日か、次の休暇に延長だ」
「……よく褒めてくれるけどさぁ。現状私って、そんな強くなくない?」
「はぁ……おまえは強いよ。俺が数年かけたところを……おまえはこの4ヶ月半で、楽々と超えてきた。半年後にはどうなってるか、想像もつかない。もっと強者らしくしろ」
戒めるつもりなのか、こつん、と額をノックされた。デコピンみたいなものだろうか。




