ピグトニャ教官
「第4部隊の諸君、魔法指南顧問のピグトニャ・イグノジーだ……俺のことを知ってるヤツもいるだろうが、今日は外部顧問として来ている。秩序ある訓練のため、教官と呼ぶように」
「はい!」
入隊から3日後、早速ピグトニャの訓練を受ける機会があった。第1部隊は熱、水、土。第2部隊は光、音、風。第3部隊は防御、治癒、肉体強化。第4部隊は精神を主に取り扱う。ピグトニャはオールラウンダーであるため、全ての部隊で魔法指南顧問を務めているが、教え手の少ない第4部隊によく顔を出すらしい。ラッキーだ。
私の思いとは裏腹に、ピグトニャは意地が悪そうな顔でこちらを見る。
[いいか? 教官と呼べよ? ソメヤ上等兵]
私にマウントを取るときの、あの嬉しそうな顔といったら! ムッとして睨みつけると、ますます唇を吊り上げた。人前でテレパシーしたくないんじゃなかったのか。[あのときはお前の反応で周囲にバレる可能性があっただろ]と言われ、確かに状況が違う……と納得させられた。負けた。
ずっとおしゃべりしているわけにもいかず、そのうちに講義が始まった。よく見ろ、と彼は言い、適当な土を集めて熱で焼き固め、私たちが全員で囲んでも余裕のあるくらい大きな器を作り、そこに水を注いだ。鮮やかな錬金術を前にして、部隊の兵たちはざわめく。そういえば錬金術は、私の思っている数倍、高度な魔法らしい。ピグトニャは小石を造り、それを投げては捕まえながら話す。
「精神魔法が得意な君たちは感覚的に理解しているだろうが、人の精神というのは、可視化するならばこのような器に張られた水だ。そこに石を投げ込み……」
小石が器の中央目掛けて、綺麗に落ち、軽い水飛沫と共に、真円の波が生まれる。
「波紋を起こす。これが精神魔法であり、波紋の形により、生き物は様々に変容する」
そうしてピグトニャは私たちをチラリと見やる。
「誰か、俺の精神魔法を受けたい者は?」
そんなのいるわけないだろ、と思ったが、私以外の女性兵士はほぼ全員手を挙げていて驚いた。男性兵士は半分、なんなら3分の1程度である。それを見た誰かが、「イケメンにつられすぎだよな」と呟いた。地獄耳でしっかり聞きつけたピグトニャが、私に向けたのと同じ顔をする。
「……シャシャーリ・デル二等兵。よし、君にしよう。こっちに来い」
「え、えぇ!?」
「返事は?」
「は、はい」
「聞こえないな?」
「はい!!」
哀れなシャシャーリ・デル二等兵は、ギクシャクした動きでピグトニャの前に立った。まだあんな若い子をいじめて、趣味が悪い。これはアンチスレがたっても仕方ない。
「例えば……波を正位置に置く。さっきの小石のように、ヒトの波の中心部から波紋を起こす。すると、しょうもない雑談をしていたところをご指名されて、冷や汗と……癖なのか? 足を揺するのが止まらない……そんなシャシャーリ・デル二等兵君も、信じられないほど冷静になる。今の波の状態と、魔法をかけた後の状態をそこの器で再現しよう。彼の反応か、器か、見やすい方を見るといい」
ピグトニャは分割キーボードでカタカタと詠唱する。すると、まずは複雑な波がひとりでに発生した。これが人間の精神か、あんまりわかんないような、わかるような。次、とピグトニャが呟くと、シャシャーリはぴたり、と動きを止め、赤くなっていた顔は徐々に平常な肌の色へ戻っていった。波も先ほど見た真円になる。思わずみんな、感嘆の声を上げる。
「今の気分はどうだ?」
「……何も、感じません。さっきまでの緊張が嘘のようです」
「そうか。いいか、これがヒトの精神の正位置……よく覚えておけ。我々は外部から常に刺激を受け、様々な波紋が複雑に絡み合っている。さっきの器のように……だから、この状態になることは通常無い。あれだけの緊張状態から、強引に正位置へ持っていくこの魔法は、訓練をしないと使えない……<正位置>、これが最も難しく、美しい魔法とされている。逆に、基礎魔法である<混乱>は簡単だ。石を投げまくればいい」
みんな頷き、熱心に聞いたり、メモを取ったりしている。
「しかし君たちは、闇雲に石を投げてればいいわけじゃない。正位置ではないにしろ、軍全体に対して、あるいは敵全体に対して、より有効な一石を投じることを求められているんだ。そのときには、ヒトを個体ではなく、群体として扱うことが大事になってくる。ヒトの群れをひとつの水面として眺めるんだ。池は川によって海に繋がるように、全は一に還ると意識しろ。味方全体に使う大魔法の代表格といえば戦意高揚だが、これは……」
ピグトニャの講義はその後も続いたが、なかなか面白かった。今までほとんどの魔法を感覚に頼ってやってきていた私にとって、ここまで理論的なピグトニャを見るのは初めてと言ってよかった。今まではむしろ、動物的な直感を育てろと指示されていたのだ。新鮮も新鮮である。
[あんな理論的な講義できるんだ]
[テレパシーは疲れるって言ったろ。おしゃべりには使わん]
[私を煽るためだけに使ったくせに……]
小休憩の時間、そんなやりとりをピグトニャとしていると、ある女性兵士が声をかけてきた。
「ねえ、ピグトニャ教官とソメヤさんが付き合ってるってほんとう?」
「ッ超嘘! 悪質なデマ! 同じプロチームなだけ!」
ピグトニャは水を飲もうとしていたところだったので、完全にむせていた。これには少しスカッとした。




